つまるところ。

観劇や演奏会の感想を置いて行く場所。だって青い鳥には推しがいるから。もっと雑多なログもある。 https://utayomichu.hatenablog.com/

『宝石の国』はいいぞ。6月末まで無料で読める今がチャンス。

最初に念を押しますね、この記事は他の人の感じ方や解釈・考察を否定するものではありません。池に落ちた石のつくった波紋をわーっと追いかけてるようなものです。作者の解はひとつだけど読者の感想と解釈は人の数だけあるものなので、あなたの見たものがあなたにとっての真実だよ。

それはそれとしておれの脳内メモリが悲鳴を上げているので吐き出させてほしい。

宝石の国ってなに?

人類が滅びた世界で無限の寿命を生きる、人の形をした鉱物生命体たちのお話。
連載再開を祝して6月末まで既刊ぶん88話まで無料です。*1まあ読んでみてくださいな。20話まででよいから。

comic-days.com

主題に仏教の考え方がある*2らしかったり、人類は一匹も出てこないのに人間の醜いところがいっぱいに見られると評判だったりします。
私は彼らにどうなってほしいと願いも持たずにきゃっきゃしているのでぼこぼこに被弾してはいないのですが、*3誰かの幸福なり不幸なり未来の形などを願ってしまうと地獄を見ると思います。これは賛美です。
可愛いキャラクターたちがひとりの人物として生きてる~~かわいい~~~という愛で方をして、掘り下げてっても穴が開かないという信頼が持てるから考えるのも楽しいよねーともっとも気楽でおいしい摘まみ方をできており、ある意味とても幸運なんだと思います。
ただし私の言うかわいいは「醜悪で/愚かでかわいいね~~~」のことも多く、この作品の後半からはもっぱらその愛で方をしています。姫以外*4はそうだった。95話を見たので覚悟はできました。

以降はネタバレがもりもりなので公開無料ぶん、アプリから無料ぶんを読んでからをお勧めします。

 


フォスはかわいそう

フォス、哀れなのは事実なんだけどめちゃくちゃ自業自得であんまり同情してない。ごめんな、キミのことは可哀想だなと思ってはいるよ。
人の話を聞かないから話を聞いてもらえない、事情も言わずに攻撃したから事情も聞かれず攻撃される、気持ちを無視して他者を動かしたから気持ちを想ってもらえない。
1万年の孤独までは因果応報とまでは言わないけど。……いや言っても間違いではないのでは? みんな壊れろ(どうせ後で直すんだから)と願いその通りに壊したから、宝石の子らを壊した後の地球でひとり取り残されたフォスの傍にいたいと願ってくれた宝石の子は誰もいない。金剛だって壊れろと言わなければ壊れなかった。

フォスは末っ子だから愛されてたんじゃなくてどうでもいいから優しくされてただけなんだ、フォスのことを特別に思っている宝石がいなくてつらい。そういう感想を呟いてる人をちらほら見た。あるいは多くの人にRTされてたのかな。
個人的には、はじめからそういうものだったというよりは、フォスが変わってしまったから宝石の子らもフォスを気に掛けなくなったのだろうと思っている。初めから繋がっていなかったというのではなくて、繋がる糸がなくなったから繋がりがなくなったんじゃないかなって。

宝石の国の宝石たちは命を繋ぐだけなら採取も狩りも生殖も必要なく個でできてしまうので、「好きだから役に立ちたい」だったり「守りたい(傷つけたくない)」だったり、繋がり続ける動機は自分の中から見つけるしかない。フォスはそれを見失い、かつ皆を害するから誰にも振り向いてもらえない。
「先生が大好きだから助けたい」「みんなが楽しく暮らせるために何かしたい」気持ちで繋がっている宝石の子らの共同体から自ら離れ、「金剛を傷つけるために」「みんなを月へ連れて行く(行為として暗喩としても)」ために動いているフォスを仲間として気にかけて愛せよというのはさ……なかなか無理なことでは……?

フォスの現状が哀れなことには同意と同情するんだけど、他に何ができたんだといえばいくらでも分岐点はあったしフォスはそれを取れたよねとも思う。それがなかったらモンペ枠*5に入ってたんだけど、シンシャの答えを待たなかったのも代わりにカンゴームを頼ったのも全部明かしてユークと協調しなかったのもぜんぶフォスだし……。
やっぱりTLで見かけた、マルチエンドシステムならバッドエンドになるような選択を重ねた先の話、というのは言い得て妙だと思う。フォスフォフィライトは死ねないから、どんなに最悪で致命的な選択を取り続けてもゲームオーバーという救いさえないまま悪夢の現実を進むしかない。


フォスの運命はいたのか

かつてフォスから見た特別な宝石が何人かいて、その子らは誰もフォスを振り向いてくれなかった。そして96話の冒頭が”あれ”だったので新鮮な絶望を摂取した人もいると聞きます。*6フォスは宝石の国を離れて人間になり*7、祈りの装置を引き継いで孤独な1万年を過ごすことになったのに、誰一人フォスを心配してくれる子がいないというじごくみ。哀れな一方通行。

これは個人的な考えなんですが、オメガバースの世界でもなければ揺るがない「運命の相手」なんかないんじゃないかと思うんです。空いていた「特別に大切」の席にたまたま最初に座れたのが誰かって話で、アメシストの二人みたいな例を除いては「生まれたときから運命だった」なんてことはないんじゃないか。

アンタークの椅子に座っていたのは金剛先生で、カンゴームは誰にも椅子に座らせてないのにフォスを特別に扱わなきゃいけなかっただけ。それに気が付いた、「中の子」だけを見て助けてくれたのがエメノアだったから、姫の椅子にはエメノアが座れた。

シンシャの椅子に座ってたのは間違いなくフォスで、96話までのどこかでそうでなくなったけど、シンシャはずいぶん長く辛抱して座らせていたと思う。自分に月へ行くなよと言ってくれた人、自分にしかできない楽しい仕事を見つけると言ってくれた人、自分の力を必要だと言ってくれた人。シンシャがフォスを特別の椅子に座らせてたのはフォスがくれたそういうものものがあったからだと思うけれど、フォスはこれらをひとつひとつ丁寧に裏切っているわけで……。金剛を暴くために月へ行くと言い、その相方(共犯)にシンシャではなくカンゴームを選び、賢いシンシャが必要と言いながらどの宝石より賢いラピスの頭を手に入れた。フォスと一緒なら月にも行こうとしたシンシャの手を取る前に誘いの手を引っ込めて、月に行くな(一人にしないで)って叫びも聞こえないままシンシャを夜の世界に置いていった。
私はあのときの「月に行くな」は置いていかないでだったと思っています、だってシンシャはフォスの誘いに手を伸ばしていたんだから。二人一緒になら月に行ったってよかったんだ。

そうしてフォスはシンシャを置いて月へ行き、「みんなの希望」となって戻ってきた。
他のみんなを誘った後に「みんなと一緒に」月に行こうと誘ったフォスは断られたけど、まあ、間違いがどこかと言えば一番はそこなんだろうね……。他にも数えられるほどありそうだけど。*8

そうやってフォスがシンシャを特別じゃなくしたから、シンシャも椅子にフォスを座らせ続けることを諦めた。椅子が空いたまま、ボルツが*9みんなの中に引き込んだからシンシャは孤独じゃなくなって、孤独から連れ出す約束をした(それなのにシンシャを特別には選ばなかった)かつてのフォスにだけ縋る理由もなくなった。

フォスが誰を椅子に座らせていたか(あるいは誰を座らせていなかったか)はわからないけども。殆どの人がひとりしかない特別の椅子に、一度に何人も座らせてたのだとしたら……誰の特別な椅子にも座り続けられなかったのもやっぱり自業自得なのでは?
フォスのこと嫌いじゃないよ。愛着もないけど。頑張っていたなと思っているよ。手段と目的を取り違えたなとも思っているけど。


「冬の仕事」は誰のため

私、冬の仕事の本質は「夜の見回り」と同じだと思っているんですよね……。本来は金剛がいればほぼほぼ必要でないけれど、光ある世界では仲間のために何もできない宝石の子が見つけ出して縋った「自分だけにできる仕事」、悩んで眠れない子が現に目を瞑るための過酷な任務。冬しか形を保てないアンタークが考え出した「自分にしかできない、みんなのためになる仕事」が、冬眠する宝石の子らの眠りを妨げないよう流氷を破壊することだったんじゃないかな。アンタークが考え出したのか、一人で十全にできる金剛の作業を手伝い始めたのかはわからないけれど。
だって10巻では冬の当番はユークレースだけになっていた(しかも暫く冬眠時に起きてたのはユークと金剛だけだったっぽい)し、それだって「対等」になったはずの金剛が不要だと言ったらあっさり手放したし。何でアンタークだけに押し付けたんだ、ではなく、冬に眠らない者のために作られた仕事だったのでは。

本当はしなくたっていいけれど、それさえ取り上げたら宝石の国での存在意義を見失ってしまうから、過酷だとわかっていながら取り上げられない。ただ生きてるだけでいいんだって言われても、自分だけ何もせず生きてるのはそれなりに辛くて退屈だから。

もっと言うと、月人との戦闘だっておんなじじゃないかなと思う。本当は宝石たちがする意味のない仕事。金剛だけに任せて宝石たちは守られているのが一番安全で、お昼寝シフトは必要かもしれないけどそれ以外は、金剛が外に出て月人らと相対するほうがいい。宝石の子らだって本当はわかってるんじゃないかな、だから月人が出ると金剛を連れてくる。それでも戦う理由はフォスが言ってたよね、「先生が大好きだから助けたい。」だから宝石の子らは戦いごっこをする。ごっこだよ、本当は金剛に全部任せたほうが安全確実で、宝石の子らのリスクも金剛の負担も少ないんだから。それでも大好きな先生が自分たちのために動いてるのに、何もしないで遊んでいるなんてできない。自分たちの無力さに目を瞑るための仕事。
金剛には宝石の子らが息災でいてくれればそれだけで幸福なんだけど、だからかな、宝石の子らが自分で考えた仕事を取り上げることはできない。

*1:講談社のアプリDLすると最新話の直前、95話まで無料。

*2:https://cakes.mu/posts/5370

*3:一番好みなキャラクターがラピスラズリ、次いで姫なのも大きいと思う。特にラピスは登場したときにはあの状態だったので……変化するのは生者の特権よね……。

*4:姫に関しては愛して愛されのびのびしている里子に和む気持ちで見ていた。

*5:あの子のしたことはあの子の罪だが、あの子が他の選択肢を知らなかった状況/環境/教育まであの子に責を負わせるのか

*6:私は解説が流れてくるまで「なぜその組み合わせ?」と思ってたクチです。フォスの気持ちをまるで追ってなかったのが丸わかりですね。

*7:成り上がったというべきか成り下がったというべきか私にはわからない

*8:一番に頼りたい人はシンシャではなく(いつだって都合の良い)カンゴームになってるところとか、冬の仕事ならシンシャだってできるのに僕と一緒にやる?って聞きもしないところとか、聞きたいのは「君の助言」であってシンシャの助けてって心ではないんだなってところとか。

*9:ボルツはそのままにしておくと危なっかしい者を放っておかない。その気質があるから絶対的に強者のボルツはみんなと繋がり続けていられるのだと思う。