つまるところ。

観劇や演奏会の感想を置いて行く場所。だって青い鳥には推しがいるから。もっと雑多なログもある。 https://utayomichu.hatenablog.com/

オリバー!観てきたせかんど。

1か月ぶり2回目、内容の細かいところをいい感じに忘れていてラストシーンで情緒をぶん殴られてきました(賛美の表現です。) これカテコの明るさや楽し気な雰囲気であー楽しかったー!って席を立てるけど、最後あのこれめちゃめちゃ重いメッセージ渡されませんでした!? えっ私の思い過ごし!? いやわからないけど、あれは「まとも」な生き方してないと思ってる人間の臓腑にクリーンヒットする類のあれでファミリーミュージカルにお子さん連れてくるようなピーポーには他人事なのでそこまでぶっ刺さらないやつなのかもしれないけど。
それをさて置いても私はどうも勧善懲悪系(というかキリスト教背景の宗教説話系?)の劇に拗らせた感傷もってしまいがちで(作り手に求められている見方をしていることに)とりわけ自信がないんですけど、あの、これは世間一般的にはハッピーエンドなんです? 教えて有識者各位。いえあの私に直接教えてくれなくてよいのでみんなブログ書こ?*1

毎回言ってますが個人の所感でありあらゆる個人団体宗教思想とは無関係です。あとちょいちょい脱線します。ネタバレもある。11/3回。


市村正親さんフェイギン
市村さんだなあ、と思った。抜群の安定感。市村さんを観に行ったお客はこれを期待しているのだろうし、市村さんはその期待に万全に応えているんだろうなあ、って感じがした。個人の感想ですが。同じファミリーミュージカルだしスクルージで見たくらいの戯画化*2がくるかなのつもりで行ったんですが、どっちか言えば生きるのくらいだった(個人の感想です。)フェイギンという人間で相対されている感じ。憎めなさというか抜けているというか、ちょこちょこお道化た雰囲気の人物だけど、こう、ずしりと。でもカテコでばいばーい!してるニッパー坊やを抱っこしてひょひょいと去っていくのめちゃくちゃ可愛いんだよなー!!!!抱っこされてるニッパー(渡邉くんでした)も可愛いけど抱きかかえてる市村さんも可愛らしいよねあそこね……。あの楽し気なカテコの最後にあれをお出しされたら渡されたものの重さに沈んだままじゃいられないよね。そして子どもの抱え方が安定感抜群であっ流石でいらっしゃると思いました。お子さんいらっしゃるんですよね(共演してるとも聞いた。その回見てないけど。)

わたしは知識のないので比較によって自分の観たものの言語化をしがちなんだけど(この場合の比較は似てると異なるであって良いと悪いではないです。念のため)、『完全な善人ではないが完全な悪人でもない』を武田さんのフェイギンとはまた違う意味合いでそうだなあと思った。市村さんのフェイギン、知らない人間相手にはちっぽけな少年オリバーにもびくつくくらい臆病で、ましてやビルに正面向かってがつんと言うなんてとんでもないって感じで、でも時々すごく厳しい。厳しい?毅然としている? こないだとはほぼ反対の角度で観たので、見えてる表情の違いでそう感じるのかもしれない。子どもらに下着を抜き取られても歌をうるさいってされても苛立つ様子もなく、来たばかりの新入りに秘密を見られても追い出したりしないフェイギンが、オリバーの面倒を見切れなかったドジャーにはあんな厳しい言い方するの、もちろん危機管理でもあるんだろうけどフェイギンが怒って見せるのはそこなんだなって思う。自分が侮られることではなくて、なかまたちが危なくなるところ。なかまたちを手伝ってやる、できる・持てる者がそうでない者の面倒みてやる、「暴力はいやだよ」、絡め手だったり言い方は強くなかったりすることもあるけど、フェイギンが譲らないところは彼らが生きていくための最後の一線でもあって。そこを譲ればきっと弱い者から死んでいく。ニッパーやオリバーみたいな、生き延びる術を持たない者から(幻覚)

おままごとでは判事の奥さんからちょちょいしたサファイアのネックレスは出てこなくて、代わり?にキャメロン?マッキントッシュ?から盗ってきたファントムの仮面が出てきてました。
このおままごとの場面さ、わたしフェイギンがオリバーに「信じるよ」って言うのが好きなんですよね……。見られていたことを知ってて(だって自分の目で見てるんだから)、でもオリバーが「見てませんでした」って言うから「信じるよ」って返して、尖った火かき棒の先を引っ込めて手で覆うんだよフェイギンはさ……。

ここでこう言ってくれたフェイギンが2幕でナンシーやビルと(というかナンシーとビルの)オリバーを信じられるかで言い争うの……胸がぐってなりますね……。ビルやフェイギンの危機管理意識はまったくもって正しくて、助け合わなくては生きていけないなかまから外れたオリバーがそこで何を話しててもおかしくないんだけど、でも来たばかりのオリバーを信じるって言ってくれたフェイギンからその疑念が出るのめちゃくちゃクるよな……。
でもオリバーだってナンシーに「家族なんかじゃない!」って言うから酷いのはお互い様なんだよ……。オリバーにとって彼らは家族なんかじゃない、なかまじゃない、なら彼を疑わなくちゃいけない、それは彼らが見てきた人間たちを思うとものすごく正しいことだと思う。持っている人の誰も手を差し伸べてくれなかった、彼らはその集まりだから、人の善性を向けられてはもらえなかった者たちの。
すげえ話が逸れた。ここにわたしの感傷スイッチがあるのですぐ情緒と自制がぽんこつになる……。

ちょちょいの歌だろうが秘密のお楽しみのためだろうが、横になっても目を開けたままのオリバーに子守唄を歌ってくれた大人はたぶんフェイギンが最初だろう(オリバーは生まれたときから救貧院にいる)、温かい寝床をくれて帰りを「待ってる」と言ってもらったのもそうだ、"自分の"食べ物を分け与えてくれたのだってジャック坊やが最初だろうに、それでもオリバーにとって彼らは家族になりえなかったんだなって思うとわたしはもうだめです(情緒が)


spiさんビル・サイクス
ビルサイクス、味方と信じられる人間が本当にいないんだなあ……と思いました。むかしさ、手紙が来たら果たし状みたいな、世界が敵かまだ敵でないかで二分されているような男の子と関わったことがあって、なんか、わあ……おんなじ目をしてる……みたいな感想を……。カーテンコールでにこにこ笑っている姿を見てなおさらそう思った。こんなあったかい優しい笑顔、ビルサイクスはきっとしない(個人の感想です)

ビルサイクスは世界にいていい場所がない。どこにいても恐れられて、言い換えると疎まれる。こないだの言い方するならまさしく育ちが悪いんだよ。世界がなんの見返りもなく優しくしてくれるなんて思ってもない。環境が全てではない、泥から蓮の花は咲くというのはひとつ真理ではあるけれど蓮以外の多くの花は根ぐされして枯れるからな。蓮だって湿地が平気なだけで水や泥に滋養がなけりゃ咲かないし。
ナンシーがあたし以外の誰がって言っていたのはそういうものについてなのかな。奪うことと与えられないことしか知らないビルサイクスの、あたしだけがあなたの居場所でいられる。あなたが何をしていても何もしていなくても、側にいることを拒まない。実際、ビルサイクスが何を与えなくても関わりを受容してくれる人間はほんとにナンシーしかいなくて。どんな自分でも世界にいていいと思えることを自己肯定感と呼ぶとしたら、ビルサイクスのそれは地の底だよね。たぶん。
周りの人間から向けられる感情ぜんぶ跳ね返して中に入れようとしないみたいな目をしてるビルサイクスが、腕を回してとらえたナンシーに撫でられたりついばむように唇を落とされたりしてるときだけ満たされた動物みたいに目を細めてるのがこう、幸せになってほしいな……と思いました。でも何が己の幸せかビルサイクスはわかってないから幸せにはなれないんだよなあ。


ヘキの話をします。
ナンシーの死体で大騒ぎになった町の人らが「フェイギンのねぐらだ!」ってちょちょいのこそ泥たちがあそこに固まってるのを知っていて、でっかくなったビルサイクスさえ何かがあるとそこに帰ってくることを知っているんだなって思った。それをあったかいと呼ぶか胸糞悪いと呼ぶかは個人の感性だと思うけど。私は皮肉で無辜の大衆と呼ぶタイプです、だって彼らが見ないふりをしているのは"彼らを憐れんで"なんかではないでしょう、"自分が手を差し伸べる気はないけど直接手を出して死に追いやるのも嫌だからない振りをしている"だけだ。私は私自身が人間できていないのでこういう大衆見るとその人間らしさにヘイトしちゃう(作品としてすごく好き)、鏡を目の前に置かれているようで。ああいう、善人でもないくせに悪人にもなりたがらない人間を見せられるとあれはおれたちだよって思う(主語がでかい。) MAラストなどが突き付けてくるメッセージもなかなかめちゃくちゃ強烈だったと思うけど、私はスクルージやオリバー!の「どこにでもいる"善良な"住民」の素朴な残酷さがぐっさぐさ刺さるタイプだってだけです。*3ヘキの話をしました。


濱めぐさんナンシー
ナンシー!? あらすじが頭に入っての2回目、セリフの言葉のほうにメモリを回す余裕が出てきて漸く気が付いたんですがナンシーの人生げきおもじゃない!?「この子の半分くらいの歳から」「15年も」春を!?売って!?
これはたぶん前も言ったんですが、ナンシーさ、フェイギンに拾われた子どもらの中でたぶん一番”奪われている”者なんだよな、と思う。”奪っていない”というほうが正しいのかもしれない。フェイギンも含め、男の子たちは(ちっちゃなニッパーを除いて)「ちょちょい」で奪うことで糧としていて、ナンシーと、もしかするともうひとり出てくるあの女の子だけが身体を売って"対価"の糧を得ている。

1幕ねぐらでの「芝居」、2幕酒場での飲めや歌え、同じく2幕のサーカス、救貧院役員の大御馳走もそうなのかな。どの「身分」でも人間が生きていくにはちょっとしたお愉しみが不可欠なんだなあと思う。ただ生きのびるだけでなく、助け合うとか手を伸べるとかそういう、人の社会をつくる余裕を持つために。*4そんなものを与えられていない救貧院の子どもらは、だからというわけではないだろうけど、自分より弱い立場の人間を憐れむことはしない。対価なしの厚意をくれる人がいなかったビルも。
ビルにとって自分が何かをしてもしなくても(暴力での脅しなりかっぱらった成果の提供なり)側にい続けてくれる唯一の存在がナンシーで、ナンシーもそれ(ビルは自分の他には何にも持ってない)をわかっているから側にいて、互いに互いを失えないだろうのにビルがナンシーの忠誠に応えたら唯一の特別が崩壊するのひでえ話(好き)だなあと思った。優しい言葉ひとつなくても側にいるからナンシーの忠誠は疑いなく彼女の自由意志で「愛しているから」のもので、同じものを返したら優しくしたから忠実なのかビルを愛しているからそうなのか、ビルに区別する術はなくなっちゃう。
外界/体内刺激への応答で生まれるのが自我なので"本当の自分"なんてものはどこにもないし、雇用関係でもない限り好意の応酬を互いへの好意と信じるのが人への愛で信頼なのではと思うけどいやあビルにそれは無理でしょ。少なくともあと10年くらいいりそう。彼が奪って奪われてきたのと同じだけの月日が。
ナンシーの話しようとするとだいたいビルの話になるか与えられなかったものの話になるかするしビルのときもそうだからたぶん私はそのふたつの自他境界がよく見えていない。

芝居にせよ酒場のどんちゃん騒ぎにせよ、ナンシーは与える(同じだけを受け取っているにせよ)側なんだよなと思うとわたしは情緒がジェットコースターに乗るんですが、でも酒場のシーンで床に打ち倒されたままのナンシーの傍に椅子を寄せて、カップを置いてくれる酒場の店員もいるし……何かを与えるから何かを与えてもらえる、それを与える以外に生き延びる術がないのでなければ健全な営みだしな……となっている。私も別に善しと思ってファミリーミュージカルをこじらせているわけではないので……いえ楽しいか楽しくないかでいえばすごい愉快なんですけども。

ビルやフェイギンに言い放つ声が怒りだか激情だかに震えているのとか、可愛がっていたちびっこたちをも一緒くたに示してぶつける「嘘つきの悪党ども」とか、ねぐらに笑顔を運んできていたナンシーは胸の底にこれをずーっと押さえつけていたのかなあと思う。ちょっと話はそれるんだけどギャング団紹介チラシにさらっと書いてあった「(ニッパーは)まだスリとして経験がない」に追撃を食らった。その場で最もよわい者たちを特別慈しんでいたのかなと思っていたんですがあのもしかしてまだ奪う側になったことがないから、だったり……?(たぶん違う)
ジャック坊やと馬車でドライブして笑ってるナンシー可愛いですよ、酒場でお客たちとどんちゃんしてるのも、みんな見てね可愛いから そして2幕で一緒に無言の悲鳴を上げよう
ビルが棍棒を叩きつける音、柔らかい肉を硬い骨ごと叩き潰す感がわあすごーい(逃避)って感じだし、1回目と2回目ではナンシーの脚が跳ねるのに3回目はもう動かないから最後の一撃はもう死んでいるナンシーの顔を潰すため(おそらく「そんな目」を向けられているのに耐えられなくなった)なんだよあれ(幻覚です) 自分のぜんぶでもってビルの居場所になろうとしたナンシーの最期の目がビルに世界のどこにも居場所がないのをわからせてしまうのかわいそうだなって思いました(受け手の幻覚です)


オリバー、オリバーさ……。ええとあのワタクシ元々小説漫画ボカロの沼にいてそこにあるものは作り手の意識を通っているに慣れきっており、コンテンツとしてご提供されたものは意識的な出力と認識してそういうお話として読みますって生身の人間がやってるの無視したえげつない*5カスタマーである自覚があるんですが、子どもさんにそれするのあんまりだとも思っているというか好きな登場人物にもキュートアグレッション全開の感情を出すのでもれなくひどいこと言ってるので(でもおれはそのキャラクターのそういうところが好きなんだよ かわいそうはかわいいだから)流石に躊躇いがあるというか、だいじょうぶ!? この人物こういうところが無邪気で子どもらしい残酷さだよねって言っても傷つかないでくれる!? それ以前にお兄ちゃんと私は違う人間だからきっとお兄ちゃんの思ってる人物像と私の思った人物像は絶対に一致しないんだけどそれ大丈夫です!? みたいなのがあり、いやここまで前置きするなら話すなよという気持ちになったのでそのうちふせったーでやると思う。この話ってオリバーの子どもらしい邪気のなさと子どもらしい残酷さ(情のなさと言ってもよい)抜きにするのあれじゃん……?みたいな気持ちもだいぶあるし……。
ブログの長所って「時期の後から探した人がたどりつきやすい」だと思ってるので……。*6逆にリアルタイムでの検索から逃げるにはブログのが向いてるんだけど。

*1:私はこういう理由で皆さまの感想ブログを待ってます派です。

*2:登場人物としてでなくて中の俳優さんとしての言動でコメディシーンのアピールするやつ、あれ界隈で何て呼ぶのかあんまわかってないんですが、あれ 2.5次元福田雄一作品でよくあるやつ

*3:MAまで行くと私はテンションぶち上がってしまうタイプなので……集団心理の暴走、あるところより過熱するとヒュー!!!!醜悪!!!!!!って愉しくなっちゃう……。あと利権を欲張る政治屋と集団心理のスタンピード、今の国政よりきたない話ってそんなないじゃん……?

*4:環境に勝てなくなったものから死んでいくのが自然の摂理で、個体では死んでしまうのをすくい上げてみんなで生きていくための仕組みが社会であり福祉であり人の人たる所以だよと思っている。

*5:えぐいの強調系ではない。

*6:私のブログには生田さんジュリエットの感想を求めてたどり着く方が定期的にいらっしゃる

オリバー!観てきました

10/9M回です。すごいWキャストだから(その表現もどうなの)日付書いといたほうが良いかなー思って。1か月前じゃんとか言わないで書いたのはほとんどその日なんだ

個人の所感で感想であり、ありとあらゆる個人団体宗教思想とは無関係です。あなたの観て感じたものがあなたの真実なんですよう。

 

スクルージのときも同じこと言ったんですが、ファミリーミュージカルでもっともちいさい者をみなが慈しんでいるのを見ると、いい舞台だな、いい座組だなって思うんですよね……主観なんですけど……。
カテコで一番ちっちゃい坊やの立ち位置を青い上着の子役さんが後ろからさりげなくなおしてあげてそのまま横に並んでるのを見かけ、素敵なお兄さんだな……と思いました。
このお兄ちゃん、みんなで手を繋いで一礼するときも両隣のボーイズが無理しないくらいの高さに自分の腕を持っていってあげててこう、よさがあった。大人の顔色を窺うでもなく、ボーイズの様子を見るのでもなく、まっすぐ客席を向いたまま当たり前みたいにそうしてるのがすごいよお兄ちゃん。
ファミリーミュージカルにしかそういう期待しないんですけど、ちいさきものが慈しまれているのがカテコで伝わるの、よきだよね……みたいな感傷をもっているのでついこういうところを見てしまう。青いジャケットのお兄ちゃんと臙脂色の上着のお兄ちゃんがちいさきものをさりげなく気にかけていた回だった。
ところでなんだけどオリバー!主役?も少年だからなのかなんなのか、子役さんたちちっちゃい子もお話の最中はしっかりしててすごいですね。一番ちっちゃい子役さんまで役としてしっかり演技しててびっくりしちゃった。


武田真治さんフェイギン
「パレード」観たとき*1も思ったけど、悪人にも善人にもなり切れない、人間らしい弱さのある人物がめちゃくちゃ映えるんですねこの方!?
どっちかというと道化役のポジションだと思うしコミカルな喋り方や動きも多いのに、フェイギンめちゃくちゃ等身大の人間なんだよな……すごいよねあれ……。弱くてきたない面もあるしちっちゃい子らを使って色々してるし、でも一人ではロンドンを生き延びられない子どもらに家と食事と布団を与えて育ててくれたのは彼だったし、ビルとナンシーの今にも血を見そうな衝突を止められるのはフェイギンだけなんだよ……。あの後に足音荒く立ち去るビルに「ナンシーの面倒見てやってな」って声かけられるのも「あのビル・サイクス」にそれが響いたり届いたりすると思ってくれるのもフェイギン以外いないよ……。わたしはオリバーの腕掴んで戻ってきたビルに「出てけ」じゃなくて「逃げろ」っていうフェイギンが好きだし、「いつものように」うまく散り散りになった子どもらを「なかま」と振り返るフェイギンが好きだよ……。

フェイギン個人が好きかと言われると別に好きじゃないし(けして嫌いではない)どっちかというと憎めないが(わたしの)印象度としては正しい言葉だと思うんだけど、連れて来られた仲間をちっこいからや女だからで選別せず屋根の下に置いてやるところも自前のちょちょいや撥ねた上前の宝石でままごと遊びしてうっとりしてるところもオリバーの安否が知れたら保身に走るところも彼に育てられたちびっこがどん尻を走るフェイギンを気にして振り返るところも全部ひっくるめて好きだよ……。
己が拗らせかけてる意識はありこういう見方しちゃうからファミリーミュージカル観るのに向いてない自覚はある。

ところでこれは似てると思ったわけではないし似せてるともあんま思わないんですが、なんか武田さんのフェイギン見てて市村正親(敬称略)ファミリーの系譜*2だなって感じた。似てるかとか寄せてるかとか言われればいや別に……武田真治(敬称略)だと思う……(寄せようとしてたらごめんなさい)なんですが、なんだろう……フェイギンというエンターテイメントに観た人に伝えたい心みたいのが入ってて、でも受け手のわたしたちにそれを見つけて持って帰ることを強いてはいない感じというか……。メッセージの熱量が確かにあるのに押し付けがましくない、そういうところが、なんか。
やましいとこ一つもない善良な羊の民より弱さずるさや卑怯さのある、それでも優しさやちいさな慈悲、善性も持っている人間。人類への希望を思い出させてくれるような、パンドラの箱の底に残った希望のような(パンドラの箱の本来の意味*3でない使われ方のほうで。)*4
いや全部受け手の感想、個人のみた幻覚なんですけど。なんで注釈の中のが文字量多いんだこのパラグラフ。


原慎太郎さんビル・サイクス
めちゃくちゃ子供じゃん!?(賛美の表現です) 図体が大きくなっただけの子供、力が強く技が巧みになっただけ、心の土台の育っていない。強くなった力でわめいて脅して、獲物を渡して対価を求めて、他に人との繋がり方を知らない子供。一方的な恐怖でもなく一方的な威圧でもなく、双方向のやり取りをするのはフェイギンとナンシーだけで。それだってフェイギンとナンシーに甘えている、気持ちが繋がり続けるためのコストを向こうに持ってもらっている。

1回の"仕事"でちびっ子が束になっても敵わない成果を上げて、それなのにフェイギンのところに帰ってきて対価をよこせっていうのが子供だなって思う。オリバーを殺さずに引きずって、フェイギンのところに戻ってきてしまうのも。彼の力が(スリの腕前も暴力も)あれば一人で立って生きられるはずなのに、行動の結果や未来の選択をフェイギンに預けて、どうすればいいって問うんだよ。まあビルはそんな殊勝な言い方してないけど。ひとりじゃ何も決められない子供で、本当の独りぼっちは嫌なさみしがり。さみしがりなのはたぶんフェイギンもおんなじで。
んまあ客観的にもたぶん主観的にもフェイギンわりと残酷な選択させるやつだけど(ナンシーの春売りとか)、ビルにとっての養い親はフェイギンなんだなあと思う。腫れ物のようにこわごわ扱いながらもビルのそれを突き返さないで受け止めてやるフェイギンも、やっぱり親子の親だなあと思う。本当に縁を切りたいなら、おまえが自分で金に換えればいいって差し戻せもするのに。

全部受け手の幻覚であり個人の感想であり拗らせかけてる意識はあります。うっかり連続で取ってたら間違いなくもっと拗らせていた。
あっでもビルサイクスは裁かれるべきだったと思っているしナンシーをkillしたことに同情の余地はないと思ってるよ。彼には他になにもできなかったろうと思うけれど。


突然ですがヘキの話をします(前置き)
ビルサイクスもフェイギンもなんだけど、世界に愛されなかったことをお前は罪と責めるのか、みたいなところにおそらくわたしの感傷スイッチがあり、このタイプの大人になれなかった、なるために必要なものを誰にももらえなかったいきものにワタクシ非常によわくてですね。それはそれとしてやってることは歴然と悪事で裁かれても仕様がないんだけど*5、「彼がそうした」ことに情状酌量の余地はないけど、「彼がそういう人間になるしかなかった」ことまで彼を責めるのはあんまりじゃないですかみたいなこう、感傷をですね……。メタマクでも偽義経でもラブネバでもスクルージでもおんなじこと言ってるからなんかもうそういう性なんだよなわたしが。(あっもっかい言っておくけど大好きなんですよこういう演目!こういう話!ここも含めて!)

ええとね。(オリバー!もオリバーも好きですよ念のため繰り返すけど)
ビルの為したこと、窃盗恐喝暴力殺人は紛うことなく悪事でもちろん罰されるべきなんだけど、それは"ビルが行った行為"に対しての責任であって"(ナンシーの言を借りるなら)「まとも」なことだけして生きられる機会を誰もビルに与えてくれなかったこと"はビルに責任はないじゃん? っていう。
フェイギンが与えてやれる生きる術が「ちょちょい」しかなかったのはビルの責ではない、ロンドンの道端で飢えているビルにフェイギン以外の誰も手を伸べなかったのだって当然そうだ。
空腹と屈辱に耐えて救貧院で暮らすべきだった? 里親が見つかるのを待ちながら?
確かにそれは"正しい"行為かもしれない、でもそうしなかったのを罪というなら、お代わりを要求して院を追い出され葬儀屋で暴れて逃げ出したオリバーだって同罪だよ。(オリバーのこと、嫌いじゃないよ。)
罪を犯して得た糧は拒むべきというなら、ジャック坊やのリンゴを食べてフェイギンたちのホームで眠ったのはオリバーの罪なのか?(ほんとに嫌いじゃないよ)
オリバーがお金と地位のあるおじいちゃんに拾われたみたいに“まとも”じゃないことで生きる前に助けの手がなかったのは、ビルやフェイギンやちびっこギャングたちのせいなのか? 自分だけ助かって他のなかまに手を伸べなかったオリバーの行為は罪なのか? 救えるかもしれない仲間より自分の幸せを優先した彼は悪人か?
そんなことを言っても誰も幸せにならない、ただ「そうしなければ生きられなかった者」が死ぬだけで。弱いものから。
えっ話戻すの?ここから?(むりじゃんの顔)
あれなんだよな、私の好みが「世界に愛されて幸せになった者」より「世界に愛されなかったがゆえ少ない持ちものさえ失った者」だからファミリーミュージカル向いてないんだよな(楽しんではいる)(でも作った人らに望まれた見方をしていないんだろうなという気はする)


濱田めぐみさんナンシー
私には1幕のナンシーがめっちゃ可愛かったという話しかできない。フェイギンの寝床で子どもたちと楽しそうにしてる濱めぐさんがめちゃめちゃ楽しそうだったのであっ楽しそうだなと思った。お話はお話で楽しかった(対比とじごくを掘り出すのが楽しいオタクなので)んですけど、濱田さんが楽しそうにきらきらしてるのでとりあえずプライスレスだなと思って。
ナンシーは子どもらと楽しそうに過ごしてオリバーにもやさしくしてやって、歌やら何やらでひととき楽しい夢の世界を見せてやって、でも「まともな」生活はもうできない、ドレス着て花嫁になるのはできないってふいと覗くのが切ないなーと思う。*6フェイギンの「仲間」たちの中で、やってることに対して"手を染めたら戻れない"の意識があるの(それを表に出すのを躊躇わないの)彼女くらいじゃないかな。*7「ちょちょい」をする、持つ者から(一見)奪うことで糧を得る子どもらやビルと違って、ナンシーは身体を売って更に奪われることで糧を得る(得させられる)からなんかね。オリバーはまともなところに戻れる、返してやって、あたしたちと同じにしなくてもいいじゃない。あれを、もう戻れないちびっこたちの前でナンシーはどんな気持ちで言ったんだろな。

2幕、ビルへの愛情?恋心? お、おお……と思ってみていた。マタハリから思ってたんだけどやっぱ私にはわかんないや、恋をして馬鹿になるの心理。*8 なんかこうすごい大事で替えがないのは伝わるんだけどナンシーはビルのどこがそんなに!?というかあれは恋なの? ナンシーの生活と同じ、花嫁さんを諦めてちびっこギャングたちを慈しむ、"他に選び取れるものがない"の延長だったりしない? ナンシーなあ……あの最期を迎えてもでも、ビルを恨んだりは最期までしなかったんじゃないかなみたいなのが切なさだよなって思うんだよな……。いやあの私の祈りもだいぶ入っている所感なんですが。


もっかいヘキの話していい? しますね。
オリバーが幸せ?……になったのかは知らんが、満たされた生活を獲得したことについてはよかったねって思うんだけど、ちびっこチルドレンたちは!? 彼らはロンドンで生きていけるの!? ってつい考えちゃうんですよね……。ちびっこチルドレン、オリバーのことだって仲間と思ってたじゃん。救貧院チルドレンはお代わりを求めた子供の名前を隠しもせず謳い上げたけど、売られるオリバーを物陰から暗い愉悦の笑みで見送っていたけど、ちびっこギャング団は窮地に陥ったオリバーを「あいつを見つけなきゃ」って探し回ってくれる。姿を見られたら捕まるかもしれないのに、いちばんのちびっこだって街じゅう駆け回ってくれるじゃん……。わたしはちびっこたちのあの一言で涙腺がだめになったクチです。
でもあれは救貧院チルドレンの根性がわるいんじゃなくて、彼らの現実には他に娯楽も気晴らしもないし苦境に陥った同類を憐れむ心の豊かさも育たないってだけだと思うんだよね……。フェイギンのなかまらがもっていた死にそうな子供に声を掛ける情や仲間たちの面倒を見るって結束、弱い者どうしで面倒を見て見られてをする、仲間意識や連帯感さえ育つ余裕がない場所。心が豊かというのは誰かに愛されてきた心に余裕があるというのと同義だよ。だから人間ができて他者への心配りが長けていることを『育ちがいい』と呼ぶ。
2幕でサーカスに見とれてベンチから立ち上がったオリバーの本を取り上げた子ども、私はあれを見たときああ盗られるんだなと思ったんですよ。やるべきことの最中によそ見をしたから仕事に失敗するんだなって。子ども、にっこり笑ってオリバーに渡すじゃん。ハンカチや小物を「ちょちょい」しなきゃ生きていけない子供がいる一方で、数冊の本をちょろまかすなんてしなくてもサーカスを見て笑って暮らしていける子供がいる。オリバーはある一方から別の一方に移って満たされた家族と生活を手に入れるわけだけど、それは一方がなくなることではないのよね。見えなくなるだけ。もう『関係ない』から見なくなるだけ。幸福な世界ってそうでないところを見ないことで成り立つものだから、摂理っちゃ摂理なんですけども。
何歳でも移ろうと思えば自力で移れるのメッセージがラストのフェイギンなんだろうなとは思っているけど、無力な持たざる者が生きるためには持つ者からの施しがいるのも事実で、あのちびっこギャングたちは冬を越せたのだろうかとふと思うんだよな。
いやあの楽しかったんですよほんとに。期間中にまた行くし(だから急いで上げたわけだし)

*1:裁判の途中で"おかしさ"に気づいてしまってからの変化、人間の弱さとおろかさとそれでも底にある綺麗なものがいっぱいに詰まっててとても好きだった。1幕ラスト、自分だけでもと声をかけようとした奥方をレオに庇われて、己が過去にしたことの報いに何も言えなくなっちゃうのすごくよくなかったですか……私あそこだいすきなんですよね……

*2:これはおそらく完全にスクルージアフタートークの印象なんですが、市村正親(敬称略)武田真治(敬称略)田代万里生(敬称略)に一種のファミリー感をおぼえている。英語のっていうかイタリアのっていうか日本にもあるよねっていうか

*3:悪意も厄災も完全に諦めてしまえれば痛みも小さいのに、なまじっか希望があるがゆえに人類は諦めきれず深い絶望を味わう

*4:これもすげえ個人的な印象なんですが、市村さんのそういうのは質量そのものはぐっと重く切り込み方も深いもの(黒曜石みたいな。)をコミカルを差し込んで食べやすく見せてる(味の好みはある)って感じなんだけど、武田さんのそれは触れれば柔らかくてて抱きかかえるとずっしりくるけどじんわり温かいいのちの重さって感じがする。ネコチャン。

*5:スリルミ周りからこのあたりちゃんと言い置くことにした。

*6:現実をひと時わすれてしまう楽しいもの、1幕ではナンシーとのささやかな"劇"で2幕があの豪華なサーカスなのはちゃめちゃに胸が痛くなるんだけどそれはそれとしてナンシーと子供らはかわいいよ

*7:ビルも分かってはいるんだろうけど彼は最期まで目を逸らしてたじゃん……? 見ないように目を瞑って、フェイギンに答えをせびる(受け手の幻覚です)

*8:濱めぐさんが演ってるのを見てなおわからないならおれにこの情動を理解する感受性はないなみたいな諦めをした。

「リリア音楽ホールで聴く日本の歌」出演者ご作品情報まとめ(たぶん)

ほしい人が用意するのが一番早いなと思って。購入口まとめたかったらタワレコiTunesで検索してください。*1

*1:アフィリ目的いわれるのヤで極力amazon避けたらこうなった。法のボーダーラインに引っかからず商品画像使えるので紹介には便利なんですけどねamazonリンク

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マドモアゼル・モーツァルト感想(10/16S回)

人の名前出すけどそのキャストさんの役の話だけする感じではないです。幼稚園の芋ほりみたいな話の進み方になった。文章力が足らなかった。
個人の感想でありすべての個人団体宗教思想とは無関係です。毎回言うけど、あなたの観て感じたものがあなたにとっての真実だよ。*1

 

たぶんあとでサリエリ足します。

明日海さんモーツァルト

音楽の申し子モーツァルト。音楽に愛され音楽を愛した永遠の少年(少女)、それより上でもそれ未満でもない。彼彼女(以後、便宜上「彼」とします)にとってはエリーザでもヴォルフガングでもわりとどっちでもいいんでしょうね。どっちでもいいとは違うかな、どちらかだけを選んで捨てたらモーツァルトではなくなる。

細かい事ぁいいや、宝塚退団から間もないの男役トップスターをこの配役に持ってきたの大正解だよ。この方の場合は間もないわけでもないっぽいんだけど(ぐぐったら'19年だった)2020年を数えるのもあれじゃん……?みたいなのはある。場内お客の宝塚劇場仕草*2にはだいぶ辟易したんだけど、それをさし置いても大正解だよこのキャスティング。明日海さんだからのものもあるんだろうとはもちろん思うんだけどそれでも傾向として大正解。

エリーザしてても(モーツァルトにとって)咄嗟のときに出てくるのが男の所作なのにヴォルフガングでいるときも明らかに成人男性ではない、けれど作っているようでもない、内から自然とにじみ出るような少年性がモーツァルトという人間にめちゃめちゃ合ってた。モーツァルトのもつそれは、少年だけが持つ素質というよりは(女ではなく)少年だから矯められずにいられた子どもの(貴重で同時に残酷な)まっすぐな素直さだなあと思う。男として育てられたから社会に矯められることのなく、唯一無二の才能があるから政治に矯められることのなく。
女をできないわけではないけれど(そしてやろうとしてるときの所作は実際完璧なんだけど)切り替えにいるちょっとの間が、男としての振る舞いを躾けられ男としての奔放*3を許されていたモーツァルトにぴったりだった。

彼のジェンダーがどうなってるのかはよくわからないけど*4モーツァルトモーツァルトでしかいられないんでしょうね。エリーザだけでもヴォルフガングだけでもいられない。収まりきらないという意味でも、社会に生きるひとりの男/女として足りなさすぎるという意味でも。社会的役割も家庭的役割も、どちらの性が担ってる(担わされている)ものもモーツァルトは持っていない。彼のそこはぜんぶ音楽がもっていってしまっている。

ここまでもここからも私にはそう見えただけって話なんですが(前置き)、モーツァルトは友情深くて愛情深い優しいいい子なんだけど恋情とか肉欲とかそれらを伴う駆け引きとかにアンテナが生えてないレベルで感受性共感性が低いなって思う。素直で無邪気で思いやり豊かで人なつこくて、それだからこそ残酷な応えを返してしまう子ども。子どものように、少年のようにと言えば聞こえはいいけれど、要は未成熟、大人になれないというのとそんなに変わらない。大人になれないいきものに勝手に性衝動を期待して勝手に失望したり傷ついたりするほうもわるいというのはそれはそう。(モーツァルトは「僕は向いてない」と言っている。)
コンスタンツェへの「君は自由に生きればいいんだ!僕は束縛しない!」が"恋愛結婚した夫として"どんだけ酷い物言いか、たぶん彼にはわからないんだよな。彼は焦がれる恋心も手に入れたい肉欲もヒトに抱いたことがないから。ここまで書いてモーツァルトはハメられただけで恋愛感情じゃないしそのアプローチに色良い返事をしたことは一回もなかったよな……と思い至りましたが*5それはさておき。
カタリーナがエリーザに触れてまで彼女を引き留めてした丁寧な淑女の礼、エリーザはおんなじように澄ました顔で丁寧に淑女の礼を返して(できた!)って子どもみたいな顔してたけど、どういう意味かぜんぜんわかってなかったでしょあれ。ちがうぞエリーザあれは君への親愛でばいばいしてくれたんじゃないぞ、お友達ごっこしてくれてるんじゃないんだぞコンスタンツェとは違うんだぞわかってるか、あれは敗北者の最後の矜持だし君の後ろのサリエリへの当てつけだし、それを受けて澄ました顔で返礼するのはカタリーナへの侮辱……までではないにしろ「お前などに揺さぶられない」の意味を孕むんじゃないか!?

男としても女としても生ききれない、音楽をつくり音楽とあそび、お友達にそれを見せて一緒に楽しくなるしかできない、そういういきものなんだよな彼。
おんなじこと言ってる? まあ今回モーツァルトがヒトの形をしたヒトとして成熟できない音楽の子だって話しかしてないから……。
作曲家としての渾身のアプローチをあんな侮辱的な躱され方した(モーツァルトは称賛と親愛の表現のつもりでその意識は微塵もない)サリエリはちょっとかわいそうだけど、そういう人間だと知っててなお好きになっちゃったのは自分だから……。

コンスタンツェ、恋する盲目な少女からモーツァルトの見るものを分かち合う友人になったの熱い展開でしたね。光の"音楽には抗えない"だった*6
おままごとの夫婦関係になんだかんだ付き合って作曲以外の全てでボロが出まくりのモーツァルトの面倒見てやってるのいい子だね。「魔笛」の作曲でさ、モーツァルトに食べてくれ寝てくれって言ってたコンスタンツェが完成したのを聞いて、休息を促す前に彼が分かちたい音楽を一緒に見るのを選んだのがこう、そんな感じ。おままごとみたいな夫婦がおままごとみたいに綺麗なものを分かち合っている(賛美の表現です)

2幕の夫婦喧嘩でなんでもっとちゃんとしてくれないの!って憤るの身勝手だなとは思うけどまああの作品での女性の社会的自由のなさ(夫の付属品としてしか意思主張が許されない、と見て読んだんですが違ったらすまん)からすると性行為は諦めるので社会の「夫」「父」の役割はしてくれっていうのは生活保障として最低ラインの要求ではあるんだろうな……。モーツァルトの夫婦としての関係は作れないけど君にはずっと一緒にいてほしいもなかなかに身勝手な要求だからお互い様なんだろうな……。
ところでそういう身勝手を言うときのモーツァルトが次に続けるのが「金なら心配するな!」なのそういう問題じゃねえが半分、父ののろい……が半分の気持ちで見てしまう。演目内では才能を開花させるための「ヴォルフガング」だったけど史実の神童ヴォルフガングは稼ぎ頭だったからつい。


鍛冶さんダ・ポンテ(+神父(記号としての教皇かも))

鍛冶さーーーん!!!!!(ファンか?)(たぶんちがう)(板の上で鍛冶さんが動いてるとなんか嬉しくなっちゃうだけ)
艶々とした黒髪、全身を包むビビットフランスカラー! やったー!!(何がやったなのか)(わかんないけどなんか楽しくなって。) きらきらぎらぎらして愉しそうに人生やってる。そして鍛冶さんお歌もできるんですね!? お歌じょうずですね!? マタハリで歌唱なかったからてっきりストプレのみの方なのだとばかり。
ポジションがたぶんハイテンション道化の人なんだけど、ドン・ジョンバニを書いて貴族に飽きられて自信の揺らいでるモーツァルトにお前は天才だって火をつけて貴族の男に手を出して亡命するの人生を燃えるように生きてて楽しそうだった。自分という人間のやりたいことが見えていて手を伸ばすのを躊躇わないで生きている男。モーツァルトは恋愛も社会も応援すれど自分の気持ちにはできないけど、いつまでたっても子供みたいな、好きなものに目がなくて良いものを作りたい芸術家とは一発で心をひとつにできるんだよな…。魔笛の脚本持ってきた男もそう。芸術がもたらす興奮に何より夢中になるものたち。

そして鍛冶さんの声を聞いて実感する、MMの音響さん技術がすごいな!? 鍛冶さんの演じる人物は4か月前に同じ劇場で観た*7んだけど待って全然聞こえ方が違う。こんなに深みのある声をしていたんですかこの方。キャラクターが違うから声色も違うのはあるかもしれないけどそれにしたって、ひそめた声の立体感までまるで違うのこんなことってある!? 声からの情報量に歴然の差があるんですが!?!?
リリアホールはいくらかかってでもこの音響さんに舞台のたびに来てもらってアドバイスをもらうべきだよ……。音と視界の二重苦のうち片方が人間の巧みの業で軽減されるなら*8いくらお礼をお支払いしても安いものでは……?


こちらツイッタログです(鍵から持ってきた)

おうちサリエリの青い髪紐!あの鮮やかな青!光沢でいい生地なんだろうなってわかってくたりとしてるのがゆったりしたガウンも相まってプライベート感あって艶やかだしすごいかわいい
あれヴォルフガングもやらない!?彼が着てるサーモンピンクでやろう!?見たい(欲望)

おうちサリエリカトリーナの肩に片手をかけたままだったりはけてきながら身体を起こして彼女を抱き込みながら交歓をはじめたり笑う声がふんわり高いのに確かに大人の男の人の声音だったり、いつまでも少年のようなモーツァルト新婚生活との対比がえぐい

サリエリカトリーナの「モーツァルトショックから立ち直ったみたいね」に「君は意地が悪い」って耳元で返して姿勢を戻すとき唇がちょっとへの字になってて可愛いかよ……って思いました。モーツァルト見てるときのプライド高いんだなって感じの大人気なさとはまたちょっと違うのが可愛い

あんな大人気ないのに演奏会で聴き終わったら拍手するのが可愛いじゃん
サリエリカトリーナ、恋ではないけど夫婦の愛は互いにあるので見ていて安心する(幕間時点の感想) 愛情というか愛着といった感じ そんでカトリーナも音楽がそこそこわかる人なんだな

2幕頭のわたし「サリエリおまえー!?!!!!!」
2幕終盤のわたし「パパ!!!!!!!!」
あの「よかった!」がとてもよかった……モーツァルトへの嫉妬や愛憎をすべて消化して浄化されて、尊敬する才能、ひとりの友人としての純粋な賛美、賞賛

2幕サリエリの「お前は父親しか愛せないのか!!!」に、違う、違うよ、モーツァルトが恋せるのはパパじゃない、彼の世界に満ち溢れる音楽だけなんだよ……

2幕でカタリーナが「またモーツァルトの曲?」って言った“変化した”サリエリの音楽を、一度は彼の演奏会を聴いたモーツァルトが「あなたらしい曲だ」って言うので情緒がめちゃくちゃになった。サリエリの技巧を注ぎ恋しい人を想って曲を作ると音楽を愛し愛されたモーツァルトの曲に気配が似る

サリエリが無意識にモーツァルトに影響を受けている現れでもあるだろうし、聴こえてくる音楽を書き留めたモーツァルトの曲が、人が恋しい人への想いを形にしたものとよく似ているのでもあると思う いてもたってもいられない恋情のように音楽を愛し音楽に愛される者

まじめっぽいこと言ってるけど本能で物をしゃべると平方さんのおうちサリエリが色っぽいわるい男ですっごい可愛かったです 2幕で突撃自宅訪問したときの顔を寄せて照れ隠しみたいにちょっと茶化して「……一目惚れってやつだよ」って“男友達”相手に言ってみせるところとか

カタリーナに誘惑してこいっていうのわるい男ー!って感じだった(かわいかった) そんでもって自分へのラブが冷めるとか減るとか思ってないのがかわいいポイントだよ あとガウンの合わせ目から肌がのぞいてるの艶っぽい衣装だなって思いつつ合わせの角度が絶妙に何も見えないところになんらかへの配慮を感じた。少女漫画の世界

モーツァルトの音楽を聴いてるサリエリ、初対面では憎しみだか怒りだかに何度も険しい顔で噛み締めていて、コンサートでは仏頂面してるし初回はムッとしてるけど終わったら拍手を送り、贈った曲のアレンジには強い屈辱と敗北感と二次感情の怒りを見せる 音楽には抗えない 才能に嘘はつけない

自分の曲を即興で変奏されることを強い侮辱と受け止める彼に作曲家としてのプライドとモーツァルトの才能への敗北を見た(自分より下なら笑って指導すればいいんだ、彼は先生だから) それでも引き止めてしまうんだな 恋に溺れているから

そんなサリエリ魔笛には思わず立ち上がって拍手を送り、続いて現れた道化に怪訝そうな顔しつつも2羽の恋人?たちが歌い交わすあの曲のアレンジを観ながら何度も小さく口元を綻ばせているのが、モーツァルトの音楽、傑作がサリエリの心をとかしたんだなと 音に込められた好意は今度は過たず伝わった

*1:そしてそれをブログにまとめてほしい。noteでもいいから。公演終わった後に興味を持った人のために。

*2:具体的にはこういうのとかこういうのとか

*3:モーツァルトの言い方するなら「自由にしていいんだ!」

*4:性自認はともかく性嗜好はXなんじゃないのあの少年(当然ですが役者さんのそれについてではない。)

*5:そのあたり、2幕の夫婦喧嘩でコンスタンツェの言い分はだいぶ身勝手だよなと思ったしモーツァルトはだいぶ頓珍漢なこと言ってるよなと思った。

*6:Q.闇の「音楽には抗えない」は? A.ラブ・ネバー・ダイ

*7:マタ・ハリ」 おれはパンルヴェ首相が政治で見せる容赦のない腕が大好きだよ……言葉の選び方がめちゃくちゃうまい

*8:初ブリリアの方にはこの音響でさえも酷いものだったらしいので解決には届かない。実際アリアは反響の余韻がゼロだった。

映画「人魚の眠る家」観ましたセカンド

ふせったーからの転記です。きっと年明けの私がこのログを探すので……(ラビット・ホールの上演脚本書く人がこの映画の脚本もやっているため)(シナリオ大勝利が確定している舞台、つよい)
こういうログまとめ系、ここともういっことどっちのブログに置くか迷う。

前回もエンドロールで顔をよくみる人類だと思っていたがこれが篠原涼子さん……みたいなことを思った(人間の顔を覚えましょうね) いい映画だよ、近しい人を喪った痛みの渦中にある人にはお勧めを迷うけど
だって乾いてない傷口に指をいれてこじったらそりゃ痛いので……。その傷がない人に刺さるようにできてる威力の作品を傷口の真上から押し込んだらそりゃあキャパを超える痛みが発生する可能性があります。

以下、実況ログです

 

 

 

 

 

どうにもならないよ 死んだものは戻らない 死んだ細胞は生き返らない

指が反射で動いたときの音楽が胸騒ぎするような曲でひえ……となってるところ。たった一度の偶然が、最後の幸運にもなったはずの祝福が安らかな終わりをぶち壊した

意識のないモノに「生きたいと思ってる」の願望を仮託するの、人間のエゴって感じがする

「横隔膜ペースメーカーのおかげじゃないかって」
「最近よく動くのよ」
「もっと動けばもっと良くなるようになるのかもね」
たった一度の祝福が幸福な現状をぶち壊した……

「この技術の可能性に賭けてみないか」
賭けた先の未来に何があるというのか 身体を保っても意識のある脳は死んでいるのに

かあちゃんお花もできてピアノもできてなんでもできるな……。すごいこう、資本を注がれて育った人で資本を注いで育てる子なんだな

筋肉にハリが出てきて骨の状態も改善された、その先にはなにがあるのか

「科学技術はヒトを救える」

脳死患者の身体を動かして何の意味がある」
「何したって意識は戻らないんだろ」
「ただ死ぬのを待っているような、将来のない人間の手足を動かす研究」
その通りなんだよな……

「……エコー」
かあちゃんの目が光をなくしたのすげえこの 彼女は物語が欲しいんだよな
「娘は生きている」

もう意志のないモノが生きている人間の糸を切っていく

回想に
自分の手足を動かせるようになるの先に
「家族と一緒に食事ができることで、家族も一緒に楽しめる」
みずほちゃんは今しあわせか?家族は?

わかばちゃん、みずほちゃんが死んでからみずほちゃんを前にして自分の意志で喋らない……。
子供たちに交じってあそぶみずほちゃんを幻視するお母さんの笑顔、目が死んでて怖い

「本当は親の自己満足だと"思ってた"んです」
こわいこわいこわい

「あなたがみずほを生かしてくれてる」
「あなたが救ってくださいました」
"家族を救ってる"をそんな形で与える……うわ……膿み腐った死骸のような救い

星野さん、彼女ちゃんの目を見なくなってる 生きた人どうしを繋ぐ糸が切れてく


ぽろっと呟いた「ごあいさつさせます」が死ぬほどこわいんだよな
意志のない、おかあちゃん風に言うなら「眠り続けている」子供の身体を人形のように動かして「ご挨拶」させる こっわ

上から水が叩きつけるこの天気、彼女が魂を失った水の檻の中なのか
ただの反射でしかないものに意志があるように信じたおかあちゃんと意志のないものが動かされているようにしか見えない彼女ちゃん

「その先には何があるんですか」
その通りだよ……(2回目)

先のない死体の延命処置とそれへの感情が生きている人間どうしの糸を壊していく(3回目)
おじいちゃん、昔ながらのシンプルな暮らしを都会でしれっとできている財力がすげえ

「ヒトの関わることが許される範囲がある」
「お前はその領域を超えてるよ」

かつまささんからグローブを受け取ったいくとくんが星野さんのところに戻って喜び、おかあちゃんのしたいことを目くばせひとつで星野さんが察して動き、「第二の父親」が嫌な意味でぴったりくる言葉になってる

「上手になったでしょ」
だれが?

「笑ったでしょ」「かわいいでしょ」
おじいちゃんの言葉をこんな形で腑に落ちさせるの地獄か????(好き)

「それじゃあ聞くが君は本当にみずほを生きている人間として扱っているのか?」
「みずほは意識がないんだ!」
「本人の意思に関係なく顔面神経を操作して笑わせることが必要か!?」

「社長は嫉妬してるんじゃないですか」
うわ全く通じてねえ……
「彼女と喜びを分かち合っているのは私です」
誰とのどんな喜び?

「いつでも目覚めていいよ」
この夢、みずほちゃんがいつか意識を取り戻すという夢を星野さんは共有しているのか?本当に?

みずほちゃんをお受験させようとしていたのにいくとくんは公立校に入れてるんだな……


ゆきのちゃんを救う術を持っているのに100万円の寄付をして、感謝されるの堪らねえよな……
「ドナーが現れるのを願うのだけはやめようって」
「その親御さんにとってはその子は生きているんですから」
「大切な命なんですから」
優しさと良心で救い道がまた一本つぶれた

小学1年生が反抗期のわけないでしょうが!!!!!!!!

「おかあさんが生きてるってことにしてるだけでしょ」
「いくちゃんそれ言っちゃダメ!」
わかば!」
誰もかれも"当事者"と"被害者"のみずほちゃんとおかあちゃんに気づかって黙ってるだけなんだよな
もう一人の"被害者"であるいくとくんには誰が救いをくれる……

もう意志のないモノへの心残りが生きている人間どうしの繋がりを切っていく……


「見世物になってるんだよ」
「他人に押し付けるべきじゃない」

「言い訳したって「見苦しいだけだもんね」
「言い訳してほしかった」
だから死体に見苦しく願望を押し付けるにつながるの あの
生きている人間どうしのつながりを切らないでほしかった、から死んだモノへの執着が生きている人間どうしのつながりを切っている今に接続するのひどみじゃん(好き)

刃物を突き付けてるようで刃の面が下を向いてるから怪我させる気はないんだよな

「まだ脳死判定をしていないんでしょ?」「そしたら生きている前提で考えないと」
彼女はそうやって「生きているみずほ」の夢を見てしまったんだなあ

「もう生きている死体にしておけないから」
わかってんじゃーん 生命活動を止めているだけの死体だよそれは(おまえそういうこと言うから)

「偽りの希望を与えた」「だけどみずほを殺さないでくれ」
みずほちゃんが生きていると信じている母親がその死体を刺せばそれは、"我が子を殺した親"なんだよな

わかばちゃん離れてて あぶないから!」
邪魔しないでじゃなくて離れててなんだよな……

もう一人の我が子が死体のために人生を犠牲にすると宣言しなきゃ物語を押し付けていることの意味にさえ気が付けないほど糸を切ってしまったんだなかおるこさん


そこで一人無言で去ってく星野さんなに!?!?きみはそれでいいのか!?!?
あっ つながりを切った生きた人に会いに行ったのか
「一度だけ謝りたくて」
つながりを切った自覚がちゃんとある いいぞいいぞ
「おかえりなさい」
いいのか!?彼女ちゃんいいのか!?同じシチュが揃えばこいつはまたやるぞ(確信)

みずほのためではなくずっと家にいるかおるこのために「みずほを連れて」の散歩を提案するかつまささん 生きた人どうしのつながりだよ

子供の高さでしか見えないハートだから一人でみずほちゃんを連れているときは見つけられなかった、感動的な地獄じみた話だよ(好き)

目を見て話を聞いてあげられなかった心残りが彼女をここまで連れてきてしまったんかな

みずほちゃんのお葬式、星野さんは来てるけど彼女ちゃんは来ないんだな

8月31日、夏の終わり、いくとくんが新学期を迎える前の最後の日
もう意識のない生きているだけの死体が生者の人生を踏み荒らさないでいられるぎりぎりのタイミング

エンドロールをみたわたし「大豪邸じゃん!?!!」

JtRネームドキャラの配色と悪魔の話をしています。

わたしが個人ブログ全盛期のコだったので嫌な予感してぐぐり案の定頭を抱えたので一個ぐらいはこう、検索ヒットしてきた人がこの作品そこ見れば面白いんだなって思う要素をね……おれははっきり言って日本版がスミから嫌いだし(直接的なワードを避けたらまた1000文字ぐらい生成したので言い切ることにした。)、リアル知人に薦めたくはないが(ほぼ考察班か物書きクラスタか熱心な信徒さんだし)すごいなと思うところはある……すごいところもある。あった。うん。

あっI'mJackは手放しですごいよあそこ4パターンセットで有料動画で売ってほしい。現場1回分くらいはぜんぜん出せる。孵化した厄災小野ダニエルと染まりて悪性木村ダニエルを観に行く価値はある。それはわかる。*1

でも今回その話はしない。
色の話をします。前にもしたけどちょっと情報増えたから。
注釈機能を閑話休題に使い文字リンクを注釈に使ういつもの与太をしていますが、どっちも寄り道なので突っつかなくて大丈夫です。


歌唱披露でメインWキャスト6人が黒ずくめのなか誘目性の高い有彩色、しかも濃い暖色系をあてられてたSキャスト3人の配色が「個人」それぞれを示すのではなく「属性」の色だったって話は前にもしましたが、オタクなので同じ話をします。

あの演目で本当に特別な配色はたぶん、白を黒で覆った無彩色とその手で輝く銀の光、なのではないかと思う。1幕ではジャックが、2幕では人を狩るダニエルが纏う色。おそらく「連続殺人鬼ジャック」をあらわす記号。


さてまずはそのジャック。
1幕では黒ずくめ、2幕では黒地を褪せた赤で染めたような色の衣装。色や装飾だけでなく見た目の質感も変わっていて、2幕の衣装は(特にマントが)いやな感じのぬらっとした艶がある。……なにがいやって鞣してる途中の皮膚みたいな、やたら動物質な光の吸い方してるとこだよ……(ほめてます。) 2幕ジャックの衣装は赤い赤いと言いつつ「赤いスカート」より朱に近いあかいろなので、与えられてる記号は別のものなのかなあと思っています。
液体を浴びせて飛び散ったような色の境界なので、乾いた血のいろかなと思っているんだけど、物語の悪魔のミームがいろいろついているのも込みで個人的には煉獄(聖書のほう)の炎を連想する。黙示録の感じあの炎はおそらくあかではないんだけども。

ところで1幕のあの「ジャック」の使い方、ほぼほぼ偽名で特定の個人の名前ではなく「ただの男」の記号として用いられてそうだなと思いました。じゃこらんたんのジャック。民話や説話のおろかな男の主人公、「ただの男」の記号。
2幕のジャック、ダニエルの「免罪符」であった彼の言動も"ダニエルが認識しているジャックという男の在りよう"であって、ジャックの人格そのものではないしねえ。これも2幕ジャックだったと思うんだけど、彼のマントを留める首元の装飾品が大きく腕を広げるたび軽い銀色できらきら光ってて、なんだか軛みたいだなと思った。
思い出したので書いておこう、加藤さんはジャックのときだけ爪が黒いんですがリップも黒くて肌の色もアンダーソンより白っぽくて(私が2幕ジャックの赤で錯視してるのかもしれない)、モノクロ感が強いなと思っています。


ダニエル。
ただ1人現在軸でグレーから黒に衣装替えした男。衣装替えする他の人より見た目の変化が大きくないぶん、あの配色そのものに意味があるんだろうなと思っている。上記参照。
……まずい終わってしまう。

彼の研究室に"命を狩る"ための黒いインバネスコートと"命を救う"ための医者の白衣が隣どうしに掛けられてるのおもしろいよなあと思う。彼の知る"ジャック"のようなコートを脱いで、同じ黒色のスーツを白衣で覆って、罪を犯した手を白い手袋で包んで。
そうして己の"黒いところ"を丁寧に丁寧に隠してから愛する人に埋め込む偽物の希望に触れ、時を遅らせる箱にしまい込むのすーげえ滑稽で人間の所業だなあって感じ(ほめてる。)これを滑稽と呼ぶのは私の根性が悪いからですが。
そうやってせっかく覆い隠したのに、現れたジャックのいざないで白い衣を勢いよく打ち捨ててしまって。(おそらく場所の都合上なんだろうけど)半分腐った臓器をほじり出したジャックが嗤いながら投げ棄てるのと同じ場所に打っ棄られるのが個人的に印象に残っている。

ところで2幕ダニエルのジャケット、内ポケットが白で上半分が原色に近い彩度の高い赤色でしたね。ポッケじゃなくてロゴかもしれない。なんか文字入ってた気がするし。

色とはちょっと違うんだけど、1幕では銀のメスで女を救った彼が2幕では銀の刃物で女を殺してるのAKUIがいっぱいの対比がよくキいてるなって思います(ほめてる)
己が救える人類ぜんぶを救うのが当たり前みたいに気負いなく動いてた*2聖人じみた男が、たった一人のただの女を救いたいってエゴ塗れの目的で無力に喘ぎ無様に足掻くのすげえ揶揄的だよ。
無様無様言ってるけどそうやってエゴで動く彼は1幕よりよっぽど人間らしいと思う。無私の聖人だった彼が恋した女との再会でおろかで無様で余裕のない、原罪*3をもつ人の子におちるのすげえヨクないですか。どっちかで言うなら2幕の彼のが人間らしくておれは好感が持てるよ。
脱線おわり。


アンダーソン。
彼の配色よくわからないんだよな……。一応毎回確認してるので衣装替えないと思っているんだけど確信はない。してたらすみません。
青みがかったグレーのシャツに金?茶色?の混じったネクタイ、それらをグレーのスーツとコートで覆っている。
"警察たち"は総じて黒だったような記憶があるので、他の警察と遠目でも区別がつくようになっている、と思う。思うというのは松下アンダーソン回はなんかだいたい前側の席で、加藤アンダーソンは存在が霧の町ロンドンを煮詰めたような、同じ配色でも見つけられそうな陰鬱さだったので……すごく目立つというんではないんだけどひとり一際陰鬱なんよ。
お題を色にしたから色変わりしないとあんまり話すことないですね。

あっそうだ衣装と言えば男性陣のベスト、ジャックもダニエルもモンローも一番下のボタンまできっちり留めてて、DEBUに恥かかせない優しさ着用作法*4のできる前の時代なんだなと思いました。日常生活でスリーピース着てるマンあんまり見ないので私にとってあれは板の上で見る服なんですけど、サイズや形によらず皆さん一番下は外して着てるイメージがある。
アンダーソンがたまに外してるときあったけど(きっちり留めてるときもあったはず)、あれは生活や心身の乱れの表現なのかな。乱れもなにもあの頻度でヤク維持しとかないかんのだし生活どころか自我からぐっじゃぐじゃだろうけどな(ほめてます。)


ポリー。
あの暗めのバックの部屋と黒ずくめWキャストのなかで鮮やかに目を惹いた赤い衣装が"娼婦の記号"の「赤いスカート」なのほんっっと趣向が悪趣味(ほめてる)

グロリアにはない黒いレースに黒いネックレス、黒色人種の表現なのかなとも思ったのだけど、目印の赤いバラが一番目を惹くように調整してたのかもしれない。ドレスの赤も明度低めで化粧や髪色も暗めで、原色に近い赤薔薇が本当に鮮やかに映える。
おれがポリーはいい女だよ!!!!って叫びまくってたの1/3くらいこの赤いドレスと赤薔薇があるからな。彼女は彼女のための特別をなにひとつもらえなかった、アンダーソンが迷いに答えを出していたら他の男が提案したただの目印じゃなくて彼が彼女のために選んで口に出した本当の特別をもらえたかもしれないのに。ただの目印と知らずあんなに嬉しそうに己に飾るの本当に、災いを招くだけの合図が彼女の衣装のなかで一番目を惹く鮮やかさなの、そ、そんなものに飾られなくてもポリーはいい女だよ!!!!!!!!!!!(これが限界オタクの悲鳴です)(私の場合二次元の非実在被虐待児概念に発揮されるタイプの叫びなんですけどねこれ……)

彼女だけの特別な記号、酒瓶って言われたらおれは半泣きで靴下に石を詰めはじめるのでそんなひどいこと言わないでくれ……。うんでも彼女が握ってた濁った半透明した緑の酒瓶はドレスとの補色になっててネックレスの光を通さない石ともある意味反対で、確かに彼女の衣装にあつらえたものなんだと思う……注視してたわけじゃないから違うかもだけど、7年前に絡み男が持ってた酒瓶は不透明度がもっと高い黒に近い茶色だった気がするし。……もうここ触らなくていい? 自分で始めといてなんだけど残ってた心のやわらかいところにぐさぐさくる。
色の話をするって言ったけど数時間前の私はこんなこと書く気なかったしこんな気づきをするつもりもなかった……5行くらいで進むつもりだった……。
※追記. 沼の外にはない文化かもなんですが作者の無情に半泣きで錯乱し悲鳴や断末魔を上げるのが賛辞の最上級みたいな風習がある界隈がありましてうちのぬまです。近所だと『宝石の国』やまどマギのむらがそんな感じかも。


グロリア。
7年前は赤いスカートを身に着けていたグロリアが現在時間軸では茶色の長いカーディガンを着ているの本当に制作側の愛(AKUI)が重い。たくさんいる娼婦の記号からどこにでもいる大衆の記号に付け替えられ、その下に黒いスカートと白いブラウス、2幕のダニエルに宛がわれた配色があるの愛(AKUI)と言わずして何と呼ぶんだよ(ほめてる)
どこにでもいる大衆の色をあてられた女が特別な色を当てられた男を2度*5も変質させるほど特別で唯一なの、私はこういう符号付けして興奮する質なので大変テンションが上がる。己の根性が悪い自覚はある。

彼女にだけあつらえられた色、物で言うならいろんな花が描かれた黄色いスカーフ(が赤いドレスを半分隠している)だと思うんだけど、ダニエルに口説かれて以降あの布出てこないんだよな確か……。様々な花のひとつから特別な花になってるからなのかね。
ただ一つの花になったことで娼婦の記号が隠れなくなるのめちゃくちゃ皮肉だなって(ほめてる) ダニエルが恋したのはグロリアが「売ってる」花の部分だから状況や関係との適合率もかなり高いんだけどその意図だったらやっぱり趣向が悪趣味だよ(ほめてる)
短いなって思うんだけどグロリアは聖書由来の愛(AKUI)をこれでもかと詰め込まれてるのでこの上さらに色にまで激重の揶揄が入ってたらSキャストに情念こもりすぎではみたいな顔をしちゃうよおれは。


モンロー。
歌唱披露で男性陣でただ一人暖色振られていた男、(あの場では相対的に)彩度の高い茶色が彼にあつらえた色ではなく民衆の記号なの趣向が悪趣味(ほめてる)
相対的にっていうのはモンローの茶色、大衆の色なんだけどいざ中にぶち込まれるとどっちかというと暗い色……な気がするんだよな。いや明るいのか? ジャケットの端も一段暗い色で処理されてて、一応ほかの大衆とはずらされている感じ。ごめん私が重なってる面の差分で色の違いを識別してて、明るい暗いの認識が端の色に引っ張られてる。

んでも実際のところ、モンローと大衆の識別はジャケットの色より髪の赤茶と蝶ネクタイの臙脂で、それが彼にあつらえられた色なんだろうなと思う。*6客席に背中向けて頭を低くすると一気に目立たなくなるんだよねモンロー。
私はあの髪色から赤毛より傷んでいるの記号を引っ張り出されるので(化粧に赤や茶の配色あんまないのもあって)そういう感じと見ている。蝶ネクタイも同じミームがついてるし。モンローが着けてる蝶ネクタイ、右側かな、端が染みたように黒ずんでるんですよ。形もだいぶ崩れていて、三角の部分がまるまっちいになっている。
わたし蝶ネクタイをTVのマジシャンかそれこそ韓国版アルヴィン*7くらいしか着けてるのを見たことがなくて、エナメルか?みたいな光の弾き方とがっちり崩れなさそうなリボン形のイメージが強いからそう感じるのかもしれないんですが。
髪色はリアル傷み具合もあろうので不確定要素ですが、黒ずんだ蝶ネクタイはまず間違いなく意図100%だろうし、身なりを気に構わないなのか身なりを整える余裕がないなのか、ポリーの酒瓶と同様になんらかの属性の示唆なんだろうと思っている。イギリス紳士代表ジャックやイギリスの暗いとこ代表アンダーソンと比べると髪型もフリーダムだし、言動がすげえアメリカンなので前者な気は若干する。

 

ダニエルが神の子でジャックが悪魔だって話もしようと思ったけど文字数やべえからまたいずれ。……と言っていたんですが最近のついったはいつ消えてもおかしくないよな感があるので持ってきました。

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JtRダニエルくんの名前の由来がダニエル書だとしたら1幕が完全に神のしもべと悪魔の対立の構図だし民衆は悪魔の所業を見て神への賛歌をうたうしミッドサマー文脈(ちがう)じゃねえかというきもちになりつつある クトゥルフ文脈でもいいけど
注:ブログにするつもりだった情報整理なんでめっちゃ長いよ、キリスト教およびその派生概念をネタにしてると思われる箇所まとめです。

前置き。クトゥルフ文脈というよりCoC文脈なのかな、十字教の唯一神によらない力あるものという意味での「冒涜的存在」って言い方がクトゥルフ神話にありまして、ジャックやロンドンをそういうものとしてあるなみたいな印象。
 CoCの「冒涜的な」ってあれそういう意味なんすよ。世界の隅々までに当たり前に存在しているはずの創造神の恩寵から外れている、人類の唯一神の全能を否定する"事実"を"理解"してしまう、だからクトゥルフ神話的存在はもれなくおぞましく、それらを知るほど不可逆に正気を失う存在なのよ。
(クトゥルフ神話生物のような存在的な冒涜とはまた別に、冒涜的存在の行いの結果にキリストの神を讃える歌とよく似たものを捧げてるのはシンプルな意味での冒涜だなと思う)(神を讃える言葉と文脈で畏怖を向けられる先に神でないモノを置くの、独自の異教でキリスト者の信仰を打ち砕くよりもう一段冒涜に振ってません?)(倫理道徳くそくらえなホラーもの演出として大変よくできてるよなとも思う)
いきなり話が逸れてしまった。トラディショナルなCoCは深淵を覗く体感がおもしろいっすよ。

キリスト教やその派生概念を乗せられてるのがダニエル・ジャック・グロリアの3名だけなので、(本来の原作チェコ版はどうかは知らないが)このホンにおける特別はこの3人なんだろうなと思っている。

ダニエルくん、キリストにせよダニエル書のダニエルにせよ付与されてるのが「預言者」の記号なんだよなと思う。イエスとダニエルではやったことだいぶ違うんだけど、神の言葉を聞いて伝えたのが強いて言えばの共通項なので「預言者」なのかなと。彼の行いと合わせてかつ2幕と対比さすなら「神に従順な穢れなきもの」かもしれない。

ジャックが悪魔だっていうのはこのあたりで言ったのでざっくりですが、
狼のような吼え声、巨大なハエ、大きな2本の角(これはだいぶこじつけ。帽子の両側に同じ角度でつけられた飾り羽。羽根と頭骨が交差するのもベルゼブブのメタファらしいですがソース取れてない)。これらは「ベルゼブブ」の特徴なんですよね。
力ある魔術師でも契約できないが親しいものになら仕えて手を貸してやるというのも、ベルゼブブ含む高位の霊の性質なんだそう。2幕ジャック、ダニエルくんのこと「友達」って呼んでましたね。

まあここまで書いといて言うのもなんですが、彼らの名前はアメリカの蒸留酒ジャックダニエル」から引いてる可能性はそこそこだいぶある気はまあまあする。


以下はご参照なやつです。もうちょっと筋道立てて文章にしようと思っていたんですがなんかこう文字量に疲れて。今もくるみぽんちおループしながら書いてる。速くてポップで元気出るけど知らない人は頼むからぐぐってくれるな。

〇ダニエルくんにキリストのミームが付与されてるっていうのはこれ。 

ダニエルが馬車に跳ねられた女性にメスを入れるときの人物の配置、絵画の「キリストの生誕」に似てるんですよ。人間の配置は脚本に書いてなかろうもんので穿ちすぎの可能性は高いですが。

〇ダニエル書ネタについてはこのあたりで話したやつ
ダニエル書3章のエピソード、王が作った金の像にひれ伏して拝むこと(偶像崇拝キリスト教ではかなり強く禁じられた行為)をしない民は生きたまま火の中に投げ込まれる。

〇グロリアが焼き殺される場面で歌われるのは神を讃えるための頌栄だって話
名前からして「栄光あれ(Gloria)」、神への賛美を冠する彼女が神のしもべのように穢れなき男を殺人へ駆り立てる動機となり、最期は自らを殺して死ぬ*8というなんつーか役満というか脚本家の愛(AKUI)が重いんだよな……。
そういう目に遭っているって意味でもそういう風に他者に作用するって意味でも恩寵の反転概念みたいな役割の女だな、と今は思っています。脚本家に乗せられてる愛(AKUI)が重いんだよ。

ところでやっぱりJtR脚本家のキリスト教モチーフ扱いくっっっそ趣味悪いよ(ほめてる)(本当にほめてる)その徹底的な冒涜が味だとは思うけどさ。

*1:マントをはためかせる動きも"ダニエル"の演技も相手にがっちり合わせてる加藤和樹(敬称略)の観察力と表現力が超弩級なのもわかる。

*2:その一方でというかそうだからこそ、無辜の人間を殺してつくられた死体を「より多くの人を救うために」買い取る倫理観が医者として致命的にやべえんですが。合法か違法かが問題じゃないだろうよダニエルよ……。

*3:原罪とは「神の意思よりも自分の思いに意識が行ってしまう気持ち」、複数の伝道師さんや牧師さんから共通して聞くので見解として主流だと思っています

*4:そういう説があるって聞いたんだけど……違ったらすみません……

*5:人を救う無私の聖人から人を狩る殺人者へ、そして完全に同化したはずの殺人鬼の喪失へ

*6:蝶ネクタイの色は娼婦の記号の暗い赤と色合いは近いので同じ記号があてられてる可能性はなくはないと思いますが、自身の心身削って寿命を縮めて花を売る娼婦と身を張るとは言え削って金に換えるのはあくまで他人の人生な記者を同一視するのはいくら「物語の外側の」道徳倫理は埒外で楽しむ作品といえどそれはちょっとあのさあ……の顔を本気でしてしまうので今回その仮定は排除します。

*7:ネクタイ着けてるのを彼が見たのなんてあの日くらいしかないじゃん……と気が付いた2年前のわたしは盛大に悲鳴を上げた。

*8:諸説ありますが自殺は宗教的にやっちゃいけないこと扱いがまあまあ主流かと。「殺すな」に入るとか神に与えられた使命より自分の意思を優先した上に懺悔の機会がないとかまあ色々言われますが。http://www.ic.nanzan-u.ac.jp/JINBUN/Christ/NJTS/011-Hamaguchi.pdf

JtR9/13回感想とついにぶちまけはじめた。

個人の印象・感想でありあらゆる個人団体思想宗教とは無関係です。ご了解ください。ご了解ください(真顔)
化学物質名をちょいちょい変な略し方してるのはあんま連呼すると変な自動リンクがつくからです、悪しからず。コカは植物名なのでこういう語の使い方はたぶんしない。

最後にぶちまけることでそこまでを穏便にしようとしているのでこいつそういうつもりで書いてるなと思ってくださいね。率直に言うけど私これの話とは関係ないところから臭うマッチョイムズに顔を顰めたクチなので。マッチョイズムじゃないかもしれない、ホモソーシャル*1……?ミソジニー……?思想を定義する言葉、それ使う人の活用が人それぞれでじょうずに理解できてないんだよな……。

Wキャスト組はいっかい書いたのでさくさく行きます。


松下優也さん(アンダーソン役)
もしかして:このアンダーソン面倒見が好いな? 面倒くさいやつだなと思ってそうながらなんだかんだダニエルもモンローもそれなりに向き合って相手してやったり所々で気遣いが見えるのお人好しじゃん……。'00代ラノベの男性主人公みたいなお人好しの人たらし感がある、そしてその面倒見の良さで貧乏くじを引くタイプ。
ショーも見てない女も見ない、酒すらついででずーっと煙草ばっか吸ってるのアンダーソン……みたいな気持ちになれます。加藤アンダーソンは一応顔を上げて見世物や女に目を向けるのに松下アンダーソンずっと目線をテーブルに落としている……。薬物治療の後は抑鬱治療が必要そうな耗弱ぶり*2なのにめんどくせえ年上の男の面倒ばかり見させられることになるのかこの男……(ほめてます) 民衆に詰め寄られながら「俺に言うな」って口動かして腕の動きで遠ざけてるのつくづく貧乏くじ引かされている。
やーしかし前にも言ったけど、薄く涙の膜が張ったような常に光を反射する眼とほんのり紅潮した頬に生気の薄い表情と心ここにあらずな反応が乗ると恒常性調節機能がぶっこわれてる半病人みたいな風体になり入院しろ……みたいな感情を喚起される(賛美の表現です) まなこに潤いがある、血色が良い、健康で生命力がある個体の記号が立ち振る舞いひとつでここまで病的に見えるのすごいよ。

ところで今更なんですがアンダーソン粉だけじゃなくて煙でもコカ入れてるんです? 吸引だけじゃ足りなくて粉入れた後そう時間置かず煙も足している? ダニエルに目を遣りつつ首や腕をがりがり引っ掻いてる加藤アンダーソンが煙草に火をつけてからはおとなしく小さな欠伸をし始めたのそういうこと??
ちょい話変わるんですが松下アンダーソンも加藤アンダーソンもヤク入れてからしばらく鼻を擦ったり啜ったりの仕草してるのよく調べていらっしゃる……と思いました。演技ではなくて体調崩されてたのでしたらすみません。


小野賢章さん(ダニエル役)
小野ダニエルあの「孵化してしまった」感がめちゃくちゃこわいんだよな……(賛美の表現です)
2度目の入れ替わり直後の精神と身体のパスがまだ繋がりきってないような少しぽわっとした反応から何かが流れ込むように存在の重さが増していくあの感じ、目覚めさせてはいけないものを覚醒させてしまった取り返しのつかなさ。
小野ダニエル、素朴というかやせいのダニエルというか、元々あの気質なのが人間関係や躾で撓められることなくのびのび育ったのがあのダニエルなんだな……みたいな感じがする(賛美の表現です)木村ダニエルのお育ちよく躾けのしっかりされたノブレスオブリージュ(アメリカ人だけど)が芯まで入った好青年っぽさとはまた違う天然もの感というか、ダニエルが感じたことを取り繕いなしに表に出しての自然体があの無私の善人になるんだな感というか。「胸が…!」周りで己がキザなことしてる意識が全然なさそうなのとか、2幕のお土産()もって帰宅したときのグロリアとの会話で表情つくろうとして頑張ってるけど目が全然笑えてないのとか、世間や社会の「普通」を意識して合わせ振舞う行為そのものに慣れてなさそう。この素朴で素直でちょっとずれた善性の心に傷をつけず鎧もはめず育て上げたじいやと両親の教育に乾杯だよ。日本だと真っ先に子供集団から排他されるタイプだよこの子供(ほめてる)

ところでさ。気のせいかもしれないんだけどさ、ダニエルって預言者か神の子のミーム乗ってる?ミーム?属性?メタファー?そういう感じの……。I’mJack のジキハイ本歌取りよりもうちょっと材料してる感じの……。7年前シーンで馬車に跳ねられた女性の夫にお金渡した後のこんな人がいるなんて!の歌とか、医師仲間3人組の流石おれたちのダニエルだぜ!とか、あのあたりでなんか……この感じ知ってる……ってなるんですけど……。預言者ミームっていうより聖人描写なのかな、聖人崇敬の文化に触れたことなくてアンテナ生えてないのでわからんけど……。林檎が柘榴の失楽園なんだとしたらくっそ悪趣味でめちゃくちゃ面白いと思うよ、うん……(ほめてる)(本当にほめてる)(そしてこの脚本ならやりそうと思ってる)*3


加藤和樹さん(ジャック役)
あのすげえ今更なんですが加藤ジャック7年前と現在とで人物違うね!?(本当に今更) 正体がとか別人だからねとかそりゃそうなんですが、2幕の誘惑者感、えっこのひと1幕のときからこんな誘うような試すような目をしていた!? ステンレス皿(膿盆だったかもしれない)から取り上げたメスをダニエルに差し出したときのわくわくきらきらしたあの目、1幕のジャックそんな顔してた……!? 生きているジャックは圧倒的に強いながら地に足ついてそうなずっしりした存在感(身のこなしは大変鋭い)なのに2幕のこの世に重心がないみたいなのびのびふわふわした妖精みたいな存在感、何……?いえすごくかわいらしいいきものですがあなたが規定する己の形はなに……?そうでした「お前の免罪符」でしたね……。命の鎖のない免罪符だから罪の意識にも現実にも縛られずちょうのびのびしている……。
I'mJackの後、グロリアが出てきたところで片脚伸ばしてもう片脚をスクワットをするように曲げてすーっと座りながら微塵も体幹ぶれないのつよ……と思いました。すーっと無関心みたいな静かな顔してたのがモンローがちょっかいかけにきてナイフ握らせられたりしてるときはちょっと獰猛なわくわくした顔していて(獲物を見つけたネコみたい)、ダニエルの殺人の機会?衝動?と連動してるんだなそしてダニエル自失のようでいてイラッときてるのかもしやと思ったりしました。

ジャック、一回目でめちゃくちゃ話したので今回はだいぶ短くなった。

 

さくさく#とは。ネームドシングルキャストいきまーす。

 

May'nさん(グロリア役)
May'nさんのグロリア一生懸命でいじらしくてダニエルへの思い遣りと罪悪感とで二人がんじがらめになってて可愛いと思います。高音がって感想はちらちら見るし確かに得意な音はそこじゃないんだろうなって感じはするけど*4台詞しゃべってる声がダニエルのキャラクターとベストマッチじゃんと思う。ダニエル、顔がとか脚がとかじゃなくてめちゃくちゃキャラが濃い(特に1幕)ので*5……。びいどろの色玉とかそれこそ彼女が着けてる髪飾りとかみたいな声のとろりとした光沢がなかったらダニエルの(この話に対する)非現実感が今より相当浮くと思うな私は……。

私はダニエルの腕をがっちり掴んで(余計なことを口走る前に)人気のないところへ連行する彼女の、仲間達の声に一度振り向いてにっこー笑ってくあの顔が好き。ごめんね彼は今日はそういうことで!後でね!みたいな。フォローと言い訳と振り払うのと全部まとめてできてる感じの。

グロリアの話するとどうしても脚本の悪意(ほめてる)の話したくなっちゃうんだけど、このキャラクターに脚本と演出(こっちは脚本に忠実なだけとも言える)が足並み揃えてぶつける悪意(ほめてる)(本当にほめてる)の量と質がえげつなさすぎて(字義通り)(ほめてる)それ抜きで見るの難しいんだよな……。
グロリア、脚本家の愛(悪趣味)を一身に受けためちゃめちゃ可哀想な役だな……と思う。オタク気質の物語産みってお気に入りのキャラクターに万能を持たせる(いわゆるメアリー・スー)タイプと可愛いねえ可愛いねえって愛でながら地獄の責め苦(グロリアはこっち)か地獄の性状*6を与えるタイプがいると思ってるんだけどこの脚本家は後者なんじゃないかと思うんだよね……。お気に入りのコ(架空人物)が惨めにきたなく穢れていくと愛しさやだいすきがあふれて胸が高鳴るタイプじゃない……?*7
Gloria(神の栄光を讃えよ)の名を与えられながら心身を売って日々の糧を得ていた彼女が初めてみた明るい未来、ひらかれた幸福への道を取り上げられ体と希望と心を焼かれ最期は愛する人を止めるため神の国への道を自ら絶って死ぬ*8、グロリアがいったい何をしたって言うんだ……。炎に巻かれた彼女への哀悼(だよねあれ?)曲がどう聞いても頌栄(栄唱)、讃美歌の中でも「神を讃えるための歌」なの*9盛られた悪意(ほめてる)の質と量にドン引きした(ほめてる)
明日を諦めていた女に神の御子のごとき清い男が自分のためだけに与えてくれた幸福を悪魔のような男が打ちこわし焼き払った、その光景を目の当たりにしている無力な人間たちに神のみわざに思いを馳せ神を賛美するためのうたを歌わせてるの悪趣味のかたまり(ほめてる)(本当にほめてる)なんだよな……。聞き逃しかもしれませんがあの場面ダニエルだけ歌ってねえんだよな……。


エリアンナさん(ポリー役)
ポリーはかわいい女だよ!!!!!!!!!
最初に観たのが松下さんアンダーソンの回なので本当にこの印象が全て。加藤さんアンダーソン回の彼にだから甘えられる感じも可愛いけど松下アンダーソンに対するときの少女のあどけなさがはちゃめちゃに可愛い。

「何でもよ。なぁんでも」
「あたしに贈り物?」「あたしバラだいすき!」

このあたりめちゃくちゃに可愛くないですか(真顔) かわいいでしょ(真顔)
わたしは”あなたをすきでいること”を無防備にさらけだしている少女のあどけなさに弱いんですよ……。たとえ同じ気持ちでなかったとしても「あなたが」「あたしに」石を投げるだなんて、この好意を叩き落とし泥をつけるかもしれないだなんて思いつきもしていないような、目の前の相手を信頼しきった少女性に本当に弱い……。
アンダーソンが逡巡したり(彼女に渡して本当に)いいのか…?みたいな顔したりしながら薔薇を渡してしまい、ポリーの喜びようにあいまいに頷きながらやっぱり返してくれとも言えないで(言いかけてたのはそれかもしれない)彼女を見ているのわかるよ……みたいな気持ちになる だってポリーかわいいもん…… ぬか喜びさせた上に他の男への目印だったなんて言えないよ……

もらった薔薇を髪飾りにして小唄をふわふわ歌いながらふわふわ踊ってるのもかわいいじゃん……。あの150分のなかで一番涙を誘うところはあそこだと個人的に思っているんですが私のそういう感覚はわりとバグってるぽいのでわからない違うかもしれない……どの作品でも周りのお客とそういうタイミング重なったことないんだよな……。
ロンドン好景気の7年前と単純比較をしちゃいけないとは思うんだけど、春を売る姿のグロリアが貴石でなさそうとはいえとろりとした色みの赤い石が連なった髪飾りを挿している(→終盤に確認したら布の造花?飾りでした)のに、ポリーは髪飾りもなく(その場にいる”商品”たちの中で目立たなければ売れないのに)ドレスに溶け込んで目立ちにくい黒い石?がまばらに入ったネックレスがせいぜいの装飾品なの本当にあの かなしい 明るい未来を自分の努力で今を変えられる希望をちっとも信じていなさそうであまりにも
ダニエルからコインを受け取る前に彼から顔を背けて唇だけでアンダーソンを呼ばった気がするんだけど11日の私の見た幻覚かもしれない……13日はしてなかった……。

ポリーのこと一番かわいいと思っているんだけど全然言葉が出てこないな……。私が文字にするの基本的に消化したい吐き出したいが動機だからかな……ポリーの可愛さって胸の奥のほうに柔らかい布を敷いてそっとしまっておきたい可愛さだもんな……。ポリー、そういう個人として人格のかたちがしっかりしてるし松下アンダーソンとの年齢差も綺麗にパッチ当たっててひとりの人間として全然違和感なくてすごいよ。同じセリフで会話してるのに加藤アンダーソン回より(役者さんが)年下の松下アンダーソン回のほうが幼いあどけなさに見えるのもまじですげえと思う。1幕の同じところで決まってマイクがざざっ、て鳴るのが唯一違和感ちゃ違和感だけどポリーのせいじゃないし…(3回観て3回同じところでノイズったのでマイクの位置だか音響だかがそうなるようになっちゃってるんだと思う。)

ところであのさ……違ったら本当にごめんなさいなんですけど。いやまじで本当にごめんなさい特定の何かを差別する意図はないしだからそうだったら善い悪いを言うつもりもないんですけど(ここまで言い訳)、ポリーってもしかしていわゆる黒色人種の役……? いえあのその「パレード」で黒色人種の役の人が黒い細いマフラー巻いて区別化してて、ポリーもドレスのレースから装飾品から全部黒なんだよな……。・・・いえすみませんポリーにそう感じたの本当はもっと別のところなんですけど違ったら本当に申し訳ないしそこ言語化すると私の差別意識のラインがむき出しになるのもあってどこにそう感じたかはちょっと言いたくないんだけど……。いやでも舞台がイギリスだからそんなことはないか……? 奴隷貿易の廃止後だからいる可能性はあるっちゃあるんだろうけどイギリスだしな……。イギリスへのすごい偏見なんですが、同じ国の背景もつ同じ肌の色の人間に階級つけて下/上に見て喜んでた文化のイメージが勝手にある。士農工商えたひにんの国が言えたことではないが。


田代万里生さん(モンロー役)
けたたましいおっさん(称賛の表現です。本当に。)
けたたましいが本来かん高いの意なのは知ってるんだけど、でも『やかましい』『おじさん』じゃなくて『けたたましい』『おっさん』なんだよなモンローさん……。ダニエルとモンローがでけえ声だすとスピーカーがビッ!!っていうんですよ(だから私はこの演目を引きで観たい)*10、ダニエルはマイク音量大きめなのもあるんだろう*11けどモンローはマイクに叩き込んでる音の量がでかいんだと思う。

ダニエルが取り出した腐りかけの死体や殺人代行エピソードには険しい顔してるのにポリーの死は高揚で笑いながら激写していて、葛藤なしに「ハゲワシと少女*12撮るほうの人類だなと思った。良心や倫理観は人並みで、頭は良いんだけど衝動性が強い印象。ギャンブルで程々に勝つ/負けるができない人間。あんなにうっさいのに殴られるとすぐ黙るの面白いおっさんだよ。殴られて黙ってうつ伏せてるときは打たれ弱いんだな感が結構あるので、あのけたたましさ(称賛)は半分くらい顔と動きと抑揚なんだろうな……。

他の人物に相対しているときのモンローを正面から見たとき、見た目や表情そのものはさらっとしているのに笑みの形の目の奥が人間ってこんな目の光り方することあるんだ……みたいなえげつない(字義通り)光が灯っててなんかすげえ邪悪……って思いました。vulgarっつーかevilて感じの……固形にした糖蜜みたいな、すーっと甘いんだけど触れたところから冷たく感じる目の光、心底関わりたくねえ人間だなと思いました。人間やその人生を素材として扱うことの品のなさを理解して材料として価値のそろばん弾かれたなみたいな……? 粘っこさがないのがまたタチ悪いやつだよあれ、アンダーソンそんなもの連れ歩くなよ……自陣に置いとくと悪でないまま害を為すやつだぞあれ*13……。


はいこっから穏当を置いてきた感想になります。行は空けるから各自で避けてね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところでさ、田代さんのモンローにけっこうな頻度で50~60代のおっさんがチラついてるの、モンローがその歳のオヤジムーブをしたいおっさんなのか、モンローは普通の40くらいのおっさんで田代さんが演技のモデルにしてるのがそのぐらいの年の人なのかどっちなんでしょうね…。*14韓国版のモンローがその歳なのかと思ったけど、韓国カテコの感じもっと若そうなんだよな……。

おれは物語をやってる役者さんをアニメの声優さんと同じくらいの役割の濃さで見てしまうので板の上にいる人を登場人物ではなく俳優さん個人と認識することあんまないんですが*15、JtRはモンローというか田代さんに見えるしその田代さんの動きの間に50~60代のオヤジがずーっとちらつくので一体何が……?と思っていたんですがなんかこう……この作品演出に関してはそもそもがそういうものなんだなって……そんな感じなのお一人じゃないし……ネームドキャストの3~4人がそんな感じだし……。
んでも50~60のおっさんが見えないときのほうがやべえ目の色してるんだよな……でもたぶんこれ好みの問題だからな……。

モンローに関しては演目そのものとは別のところにも多少の……*16を覚えており、お兄さんはもう少しだけでもご自身の積み重ねの結果*17とファン層*18を信じても…いいのでは……とはちょっとだけ思っています。いえ私はお出しされる"商品"としての表現に勝手に偶像を見ているだけでファンではないのでこゆこと言うのも可笑しな話なんですが。

 

--昔見た怪人と探偵の思い出し怒りで1パラグラフほどキレていましたが↑より更にアレな内容なため自己検閲により削除されました--
--生身の人間を使い捨て素材として扱ってるの見るの好きじゃねえんだよな--


よーしこれで脚本演出まわりの感想にいけるぞ

※前にふせたで投げたのの整理になるけど色の話もできたらするね

・宗教ネタの話
最初ぐらいは前向きなことを言おうかと思った結果がこのチョイス。半分以上ダニエルとグロリアのとこで話しちゃったけど。

この脚本キリスト教ネタの使い方がくっそ悪趣味(ほめてる)(本当にほめてる)だし演出もその要素が拾いやすい悪趣味をサイコーに輝かせる表現で本っ当に悪趣味(ほめてる)(本当にほめてる)、『狂気の山脈にて』も裸足で逃げ出す畏敬の念の踏みにじり方だよ(ほめてる)(本当におもしろいと思ってるし本当にすげえと思う)(ただし教会つながりの知人には絶っ対に存在を知らせたくない)

このJtRの感想として「ミュージカルフランケンシュタインみたい」と言っている観劇者が結構多い印象なんですが、登場人物のネーミングから丁寧に仕込んだこのキリスト教ネタの不謹慎な使い方がそっっくりだよ。と個人的には思う。ミュージカルフランケン*19よりもう一段露骨というか露悪的だけど。十字教ネタに興味が薄いお客さんがJtRのどこにフランケンみを感じてたのかは私は知らない。

原作からしてそういう意味でも問題作(ほめてる)として名が知れてる『フランケンシュタイン』と違ってジャックザリッパーそのものにはそういう意味合いなかった気がするから、人によっては不意打ちで人生の芯にしてる価値観ど真ん中への侮辱として発動してないかちょっと心配にはなる。ミッション校にいたから遭遇頻度が高いんだとは思うんですが、いやいや題名からしてそうじゃん……なJCSや聖☆おにいさんに対してでもそういうオコしてる信徒そこまで希少ではないイメージがあるんですが……? 進化論を馬鹿のたわ言だとヘイトしてるキリスト教信者、もしかして過去の遺物や都市伝説だと思って……? わたし一時期は教会めぐりしてたけどかなり遭遇しましたよ……?
いやまあこの趣向そのものは個人的には嫌いじゃないんですよくっそ悪趣味だなと思うしキリスト教を好ましく思っている人には上記の理由で絶対存在を知らせたくないとも思うけど、せっかくやるんだと言わんばかりに一回一回インパクトを最大限に引き出してサイコーに輝いてるとも思う。キリスト教の信仰者が大多数でない国だから作って公演できる話だとも思いますし。大っっっっっ変に悪趣味だとは思うけど!(ほめてる)(本当にほめてる)(でも皮肉としてでさえも品の良い所業とは呼びたくない)

まあこの要素に留まらずJtRは有名作品のクソコラ見て指さしてげらげら笑うような視聴(観劇っていうか視聴。あの場を構成する要素としてカウントされたいかは別でしょ)の仕方が正解だと思ってはいますしそれを「深夜アニメ枠」と言ってはいますが……いやあのお話としての整合性とかキャラクター人格の一貫性とか宗教的な信念とか社会へのメッセージとか真剣に考えてもムカつくだけじゃない? おれは一晩で放棄したけどそういうものを期待しようとして心から黒煙噴いてる人をしばしば観測するのでみんな真面目だなあと思う。ないって信じるほうがラクだよ、あったら糞野郎と心の底から叫ばなきゃいけなくなるから。
(項目分けたんだから宗教ネタの話だけしなさい)(はい)


・女の扱いの話+キャラクター他の扱いの話
なんかこう……感想を書くしファンアートも描くし作品読解もするし戯曲や多言語版も観に行く相互さんたちが揃って「ホリプロ社に」失望していて、皆さん昨年後半から今年にかけてのホリプロ製作ミュージカル、背景説明A4用紙つき「パレード」→「アリージャンス」の流れや最近だとメリリーやジェイミーにホリプロ社の意志を見て社を信頼してたんだなあ……という感想を持ちました。JtR観てでこれに言及してるpost、作者や演出や出演者へじゃなくてホリプロ社に失望してる人が多いのがへーと思ったところ。某4部作3作目では作者に失望してたりドン引きしてたりする人が多かったので興味深かった。
個人的には……ごめんそういうの鈍くて……。というか出てくる男のみんながみんなTRPGのセッションか!?みたいな動きするのに気を取られててそれどころじゃなかった。こっちは後で言うけど。

この話の女性って役割がキャラクターよりプライズなのでひとりの意志ある人間として見たい人は憤りを覚えるんだろうなとは思う。わたしは作りの甘いナーロッパに出てくる異性キャラって男女問わずだいたいこんな感じじゃない?ぐらいの認識で終わったので特に……物語における役割が人間じゃなくて舞台装置なんだと思うよ……。この現代にここまでキャンペーン張って見せたがる作品だからで作り手側に時代に合わせたリテラシーを期待するとそりゃ憤りを覚えざるを得なかろうけど、むかーしの童話や民話に出てくる姫なんかと同じ動機付けに使われてる存在だと割り切れば舞台装置として輝いてるし、そもそもこの演目の男性キャラクターに意志の通った自我があるかって言えばないし……ホンと演出どっちの趣向か知らないけど……。
主人公的立ち位置のキャラクターにさえ成長も変質もあるわけではないので昔ながらの童話として見ても異質っちゃ異質なのかもしれんが、そのあたりは専門でないのでわからん。物語論あさった程度の知識しかない。
ダニエルが変質してると言えばしてるけど見た目の聖者から悪魔に転じただけなので人間性の成長はないし……そもそも7年前の時点で相当イカれてる*20のが示されてるので闇落ちも何も。「より多くの命を救うため無差別殺人の死体を買いとる」から「特別な人を救うために他人を犠牲にする」になったぶんだけ2幕のほうが情緒ある人間の発想としてはまともさえあると思うんですが。

ごめんね完全に話がずれるんだけど、7年前ダニエルのこういうところ、人格ぶれぶれなんでなければガチの狂人だよなんで誰も突っ込まねえんだよアンダーソン!ねえアンダーソン!!!と思うんですが私だけですか!??!?! ジャックの「俺と似ている」が当にの人物評価だよ己の行いに疑問も自覚もないぶんこいつの方がやべえよと思うの私だけ!? そんなことないよね!?!? ダニエルに脚長いなとか素朴だなとかの気持ちと正気で言っとんのかの衝撃を両立させて聞いてはいませんでしたか!?!?!? 「ロマンチスト」*21、うんロマンチストではあるんだろうけどそのラベルだけで済ませていい狂気なのかそれは!?!?!?!?
ずれ終わりました。戻りたいですね。キャラクターの扱いでしたね。

なんか……脚本か演出のどちらによるものか両方なのかわからないんだけど……登場人物がそれぞれの人生を生きている結果というよりはそれぞれのGM(ゲームの裁定者、進行役)やPL(ゲームの参加者)がPCを「自然に見えるように」「動かして」物語を収束させようとしてる印象をどうしても強く受けてしまい、非常に抵抗感が強い……。魂のある生身の人間っていうより物語を進めるための駒って感じがするんだよ……。
これはまっすぐな悪口として言うんですが、わたし作品を見ている最中にキャストの方のほとんどを登場人物ではなく俳優さんとして認識しながら観劇したの初めてに近いんですが……。そりゃもちろん全くないとは言わないけど、中の人ネタの茶番タイムとか千秋楽近くてそれぞれがネタ仕込んでて演技が飛ぶほどマジ受けしちゃったとかめちゃくちゃ噛んだとか、そういうネタやアクシデントがあったわけでもなくてそうだったのは初めてだよ……。
初見ではモンローがわからないわからない20くらい年上のおっさんの亡霊が見えるって言ったけど別にモンローだけじゃなくて、ダニエルにもアンダーソンにもなんならジャックの片方にもなんかそういうのがちらついて見える……。PL発言っていうかGMの確定ロールっていうか……。もっと穿った表現するとこの素材をこういう形にしてる俺すごいだろのエゴというか……。

また別の話になるし私がこの演目を好きじゃないではなく嫌いだという最大の理由なんですけど、この演目の男性キャストの使い方見てるとこう……なんていうかな……幼児割礼とか下唇を切って皿をはめ込む身分証明とか成人の儀式としての大人から子供への同性性交とか……そういうのと似た感じのうえー……感がすげえ強い……。いえそれが文化の一つであるんだろうしその部族でない者が善し悪しだ人道的にどうとか言うのはおかしな話だとは思うんですがだからと言って同じヒト種がやってる身体や精神を踏み荒らすその風習が現存するのを文化の多様性って素晴らしいねってにこにこ称賛するのも胃に穴が開きそうなダブスタだなと思うんだよな……。だから(だから?)おれはいわゆるゴールデン帯のバラエティが昔から嫌い……あの人権とか個の尊厳とかを端から踏み躙るような「企画」を「どっきり」だの「挑戦」だのして「笑えるモノ」とラベルを張る根性……知らなくてもいいんだけど中学生のやるイジメのネタの大抵はバラエティの「イジり」をなぞってんだよな……。あれが娯楽として作用するのはヒト種の本能として仕方ないのはわかるんだけど「笑い事」と認識できる感性はちょっと獣に近すぎませんか……。社会福祉と人権って適者生存・エネルギー余剰のない者から死ぬ自然摂理に抵抗するための人間の営みだと思うんだよ私は……。

突然ぼやっとした言い様になったんですが具体的な箇所を挙げると3人ほどに風評被害として作用するんじゃないかと思って黙っています。ただあの、この要素についての感情が頭をよぎるたびに私はこの作品のこと福田雄一監督作品で観たかったな……という気持ちが強くなっていきますね……。演出方針が特別に好きな監督さんというわけではないんですが(ごめんなさい)、というかどっちかというと苦手意識があるんですが(作品中に中の人ネタが出てくるのあんまり好きじゃないので)、でも福田雄一監督作品、彼がキャストの素材や彼らが積み重ねてきたものやその結果としての経歴に敬意を払って愛しているのがものすごく伝わってくるじゃん……。おれのなかで心底疲れてるときに観に行っても人間の扱いや閉鎖社会のアレさを透かし見て凹むことはまずない作品をつくる監督としてフォルダ分けされている。


・科学ネタの話
先に弁解します、私べつに創作作品の科学っぽさが事実と一致する必要ないと思ってはいるクチなんですよ。フランケンシュタイン(原作)もジキル氏とハイド氏(原作)も好きだし。なんならリボーンの超活性化くらいのトンチキも好きだし。架空の物質架空の用語架空の神経機能、作品中で筋が通ってれば普通に面白いと思うし、そこきっかけに元ネタの科学に触れてみようと思う人が出たら万々歳じゃないですか。そうでなきゃナーロッパや転生現代科学チート作品は楽しめないしさ。
……とは思うんですよ? 思うんですけど、知ってる用語にぶつかるたび、或いはン?と思って調べるたび、いやそれ違わない……? って気持ちが深まっていくのはちょっと……どういう顔して見ればいいのかわからない……。

あらゆるものをゴム越しに触らされてるような何とも言えない気持ち悪さがあるけど現実とずれたところにある世界の表現なんだろうなあ、でも気持ち悪いんですがそれ具体名出すの止めてぼかしたりしたらダメなやつっすか……と、このずれはそういう意図のものだと思っていたんですが、つい昨日コーク・バグ(コカインの離脱症状のひとつ)の日本語訳に蟻走感があてられてるのを知り、いやこれもしかして脚本か翻訳のどこかの段階で意味がねじ曲がっ……いやまさかな……という疑念が、いま。蟻走感は確かにむずむずするが痒くなくない……? というかコカに限らずアッパー系の薬剤の離脱症状で強い痒みは出ないと思うんですが……。いやコカインの話はいいんだ……ジャパニーズホモサピエンスのほとんどは一生ご縁のない物質だし医薬のヒトでもない限り調べなきゃ気づくこともなかろうから……。

梅毒は、梅毒が性感染症の1点を除いてあらゆるところが違うのは、何で……? アンダーソンの「薬あるだろ」ガチトーン突っ込みはめちゃくちゃ面白かったけどさ……(この時代にペニシリンは見つかってないので薬はないですが。いえあるにはあるんですが、水銀という「治療薬」が。)
時代考証がって些事はどうでもよくはないけどこの際どうでもよくて、梅毒はまず「体表から」症状が出て皮膚、骨、脳とやられていくのはそこそこ有名な話だと思っていたんですが……皮膚に梅の花が咲いて鼻が落ちて腫物ができて精神もおかしくなって(神経が侵されるので)、それでも肝心要の内胚葉はだめにならずなかなか死ねないから梅毒にかかった春売る女は悲惨なんじゃんよ……。グロリアは既に皮膚が焼け爛れているから第一期第二期の症状は見えなかったんだよとか言われたら流石にぶっ飛ばすぞしちゃう……今もなお実在する病気を使ってのその悪意は作者の歪な(ほめてる)愛だとしても度を過ぎてるよ……(たぶんそこまで考えてないと思うし「梅毒」も語としてはそれでもニュアンスがちょっと違うんではないかと思っているから言えるわけですが。)

梅毒の隠語だけど(医学の未発達故に)梅毒だけを指すものでもなかった「フランス病」でも……よかったのでは……? 身体を売る相手を選べなくなったことでの悲劇感を出したかったなら堕胎薬のほうがよっぽど肝臓がダメになるよ、シンプルに毒だし。いやそれだと純粋な被害者(ではないんだが彼女は)感が減るから駄目なのか……。

それら二つを専門的な用語だからと脇に置くとして、しかし新鮮な移植用の臓器を求めて殺人まで犯したダニエルくんのあまりに杜撰な生臓器の扱いにはツッコミを隠せないんですが演出の色映えてきにしょうがないのかもしれない。でも新聞紙で!!!包むな!!!!医者だろ!?!? 生細胞の乾燥への弱さよくご存じでしょうせめて紙を血で湿らせてから包んでくれ!!!!! なぜわざわざ血のひとつもついてない乾いた面を内側に!?!?速攻で水分抜けて臓器が死ぬが!?!?!? とおれは見ながら頭を抱えていた(比喩)しその晩ねむれなくて夜中にふせったーに叫びを叩き込んだし毎回同じ悲鳴を上げている。生体移植の専門家なんだろ!?!?
外側によく血の染みたどす赤い面を持ってくるのは遠目で見てでもわかるインパクトを狙っているんだなと思うんですが、それなら内側も赤くしといてくれたって……いいじゃん……。
細かいとこまでうるせえなって思うかもしれないけどよく考えてほしいんだけど、スーパーで生肉が新聞紙に置かれて売られてたらお兄さんお姉さんあなた買います? 道端にあった新聞紙でお握り包んだりそれ食おうとしたりしないじゃん。
その臓器をしまって閉めた小扉からゴムパッキン付き冷蔵庫みたいな音するのはその見た目の材質から!?ってなるけどあそこまでギャップがありまくるとめっちゃ面白いのでめっちゃ面白いなと思っている。

 

・そもそも。
最初に言うべきだったかもしれないんですが最後に言うとわたしには役者は何も悪くないし音楽も美術もなんなら話も好きではあるけど監督変わらない限りもう二度と見ねえと言ってるミュージカルが2本*22あったんですがこの度のJtRでめでたくなく3本目ができました。
ぐらいの認識なんですがまだチケットがあるから見なきゃいけないんだよな……何枚かは譲ったんだけど平日は里親見つけにくくてな……。だからこうぶちまけてるけどもう見ないしなで黙ってたら怪人と探偵みたいに1年後に発酵した怒りをぶちまけてた気がするのである意味これでよかったのかな……。

*1:勘違いする人いないと思うんですけどホモセクシュアリティとは全く無関係の単語だからな。ホモ(ラテン語語源の接頭辞、意味は「同じ」)と聞くと何でもかんでも同性愛の話だと思うおばか思春期を相手に仕事してた私の無用の警戒だと思いますが

*2:コカインがそもそもアッパー系だから離脱症状抑鬱があるんだけどそれにしたって。

*3:宗教ネタの扱いがくっそ悪趣味で不謹慎でエンタメ性はばか高いよねこのホン……(ほめてる)(本当にほめてる)(でも教会つながりの知人には絶対に薦めない)

*4:「連れてって」がガチャなので

*5:たぶん乗ってるミームと脚本のギャグセンスのせい

*6:地獄の性状の例.あせびちゃん、曲世愛

*7:某ぶっちーや某単眼猫氏がそういう感じじゃないです? ぶっちー氏は人物のきらめきを見せたいだけかもしれないけど

*8:聖書解釈にもよりますが、一般的に自殺はキリスト教てきにはタブー行為に近い扱いだったはず。神が使命を与えた創造物であり神が愛する存在である自分の命を殺して奪うことなので。

*9:どこら辺が頌栄なのかは前に話したから省略 https://fse.tw/Tu0KNpDj

*10:石丸さんと田代さんのデュエットぶつけられても持ちこたえるスピーカーちゃんだから、そうなるよう音響調整の仕方をしているんだとは思う。

*11:医者仲間との会話や歌、ダニエルだけマイクやエコーがなんかでかい

*12:この一件はカーター氏が心無いピーポーの声で自殺したとかそうなったら今度は自殺までの出来事まとめが作られバカ売れしたとかのエピソードまで含めて生きるために食おうとしてるハゲワシのがよっぽど上等だよってするのまでが流れだと思っているんだけどまあそれはどうでもよい。

*13:個人的にはえふご6章にいたリトルBBちゃん(ぐだとの対峙1回目)と印象が似てる

*14:初見のときはもうこれ20くらい上の歳の役者さんのが演技がハマるのでは……と思いながら見てたんですが、昨日見たら40前のおっさんに見えるときもそこそこあってそういうキャラの人物な可能性がワンチャン……?いえまずないのはわかってるんですがせめてその可能性を想定しないと繰り人形様の演技をどういう顔して見りゃいいのか本当にわかんねえ……とおもいました。

*15:というか前提が逆で、キャスト単位で追いかけるかを物語の1キャラクターをひとりの生身の人間に錯覚させてくれるかで決めている

*16:1000字を超える勢いでキレてしまったのでふせったーに移した

*17:10th記念コンサートですげえ数の申込みが来て急遽ワクから増やしたの覚えてらっしゃいます?

*18:宮崎でコンサート出ると発表あって即座に宮崎日帰り遠征を決めた上で友人も誘う層がそこそこいるんですよお兄さんあなた……(すげえな強火だなと思いつつ聞いてた)

*19:「ジャック」に「エヴァ」をあてがい一座についての決定権を妻のほうが持ってるのとりわけ悪趣味(うわ……と思うけど好き)だと思っている

*20:検死体が手に入らないから殺人鬼から死体を買い取る医者、そのまま読めば狂人の論理だし控えめに読んでも職業倫理と善悪の基準がイカれてるじゃん……。趣味ならマッディな熱狂だなで済むけど通りすがりの怪我人も放っておけない職業医がこの件で合法違法しか弁解しないの精神が狂ってるでしょ……。

*21:アフタートークにおけるキャストさん方のダニエル評

*22:ちなみにピピン(あれがしたいなら「ミュージカル・ショー」と名打ってくれ、サプライズと精神的ブラクラは違う。歌と演技とサーカスと美術はとても楽しかった、「ミュージカル」の謳いで客を集めといて音楽の力を否定するなという一点)と怪人と探偵(センスと人権意識が死ぬほど昭和、ギャグが何一つ笑えない。と思ってたらそれらの気持ち悪さを噴っ飛ばすケイコの三人称「明智」の衝撃(もちろん良い意味ではない)原作日本語だろ!?!?)加藤和樹(敬称略)の使い方はめちゃくちゃうまいが他の全てが砂を噛んでる。