つまるところ。

観劇や演奏会の感想を置いて行く場所。だって青い鳥には推しがいるから。もっと雑多なログもある。 https://utayomichu.hatenablog.com/

BLUE/ORANGE、楽しいから観てみてほしい。(ネタバレあり)

結末、台詞、アフタートーク、その他諸々のネタバレを含みます。あと当たり前ですが一個人の解釈で妄想です。想像することしかできないんだ。
 色々理屈付けしてるけど軟膏と同じ類のもので、つまりこの瞬間が好きなんですよってオタクの語りです。明らかに主題だろうものに色々混ぜ込んで触れる度胸はない。

 


「狂っている」のは誰なのか。

個人の印象なんですけどね? 3人ともすごく人間らしい、当たり前にいる人間だったと思う。境界性人格障害、あるいは統合失調症かもしれないクリストファーでさえも。我を忘れ自制を失いお行儀を衝動で蹴り飛ばす、そういう意味では確かに彼等は「まともじゃない」んだけど、でも3人とも社会を意識して社会を理解しようとして社会に縛られている人間に見えた。例えば「スリル・ミー」の"私"のような、価値判断の基準が根底から狂ってそう*1なおぞましさはまるでなかった。ブルースの拘りもロバ―トの保身もクリストファーの気儘さも、人間らしさの枠に収まるものだったと思うよ。*2 

 


千葉哲也さん演ずるロバ―ト。

見栄っ張りでちょろい男。「悪」じゃないことを望む人間。
つい数日前に自分の中での印象が変わり、3月のうちに一回書いときゃよかったと悔やんでいる。

ロバ―ト本人はいやがるだろうと思うけど、この人どっちかというと現場に向いてる人間ですね?
ブルースがあまりに下手を打つから余計にそう見えるんだろうけど、ロバ―トのクリスみたいな患者を宥めるスキルの高さに現場の精神科医として経験を積んできたんだなあって思う。特に好きなのが「そうあの、びっくりした? でもびっくりするようなことかなあ、これ」「しーっ……、しー……だぁいじょうぶ」あれが咄嗟に出てくるの本当にすごいと思う。独身なんだよロバ―ト*3、子供いたことないんだよ? 自分のことを「ちゃらんぽらんで」と言いながら、この人はきちんと患者と向き合ってきた、少なくともより良い接し方を考え続けてきたんだろう。

ブルースに対してもそうで、あらすじには「高圧的に」って書いてあるけど言うほど聞く耳持たずなわけでもないように見える。だってロバ―ト、「規則だ」「コストが」と言いつつブルースに引く気がないのが見て取れると譲歩して、「幻聴は?」とか「自傷は」とか「『まだだ』と言」うための根拠を集めようとしてくれてる。そもそも「ベッド」は本来「セクション1の患者」のためなのにセクション2のクリスが入院してるってあたり、一度ブルースのお願いを受け入れてるんじゃないかもしかして。

ブルースへの助け船でずるい言い方(「出たいんだろ?ここから」)はしても、クリストファーを"患者"として見ているうちのロバ―トの対応は本当すばらしいと思う。*4彼は事実、「立派な」医者で指導者なんだと思う。クリスが自分の"研究材料"になると気が付くまでは。彼が自分の理論を支える最後のピースになるという「個人的」な事情を持ち込むまでは。
いやまあ別にその後のあれそれも生徒指導としてはアレってだけで異端ではないしロバ―トはそも教師でもないんだけれど。人間の醜さって感じしません? ロバ―トがどこにでもいそうな人なだけに精神にごりごりくる。初見ではうわえぐって思ってたし(賛美です)今も割と思ってはいる(賛美です。)

それにしてもロバ―ト、好き嫌いの感情が簡単に入れ替わるのがちょろい男だなあって思う。
人付き合いってそれこそ神格化してるんでもない限り相手の好きなところも嫌いなところもあって、でもまあ大人だったら今まであったことの総量と自分が忍耐できるところで印象が決まるもんだと思っているんですが。ロバ―トはどうも、直前の言動だけで決まってるように見えるんですよね……。だから相手の言葉ひとつ、行動ひとつでころっと変わる。
彼のブルースへの基本的な印象は「見所のあるやつ」だと思いながらも「癇に障る」だと思うんですが。「俺の味方だと思ってた!」「あんたとだったら何かを成し遂げられると思った」あそこからブルースへの言いようがしばらく変わるんですよ。癇に障る相手からであっても、肯定的な評価をぶつけられたら鼻で笑って切り捨てることができないあたりがちょろいなあって思う。そんだけそういうものに飢えている、まあつまり「自分に自信がない」のはロバ―トのほうなんじゃないかなあ。

「(父親の名前が)言えないなら、ここを出るのは難しいなあ。・・・出たいんだろ?」「管理委員会は医師としてのお前を疑問視する」ロバ―トがクリスにもブルースにも向ける、デメリットを仄めかして行動を誘導するあれを"やってはいけない生徒指導"と呼んでるんですけど。あの脅迫じみた誘導はロバ―トが"言うことを聞かせる手段"として使ってるんじゃなく、彼にとって自然な考え方を口にしてるだけじゃないかってこないだ思ってしまってしんどくなった。彼自身がずっと、ああやって「事態を悪く」しないために考えて行動してきたんじゃないか。「くだらない」って自分を慰めながら、やりたいことを諦めて。いやもうさ、そう考えちゃったら印象変わるじゃん……もう単なる見栄っ張りとして見られないじゃん……。

彼についてはブルースの「変えなくては」への応えが一等好き。「喋りすぎる」くせに言葉足らずなブルースの行動動機の根っこに触れて、怒りも虚栄も脇に置いて医師として真摯に言葉を返すのが。少し眉を顰めて言葉の含意を探るみたいなブルースに届かせるように加えられる「まじめな話。」が。

お衣装について。「蝶ネクタイとツイードのスーツ姿で」胸ポケットにはチーフ代わりのハンカチを入れてるのに、そのハンカチを普通に使ったり靴下が見えるくらいまでズボンの裾を折っていたり、カッコつけようとして抜けてるというか片手落ちというか、そういう人なんだな?って印象が観終わっても全く裏切られなくて面白かった。

 

章平さん演ずるクリストファー。

どこにでもいる普通の人間。いやまあ"症状"に見えるものは明確にあるし、精神状態も年齢に比べたら幼いと思うけどさ。
入れ込むほど好きなことも自信を持てることもなくて、挑発するために自虐的なことを言うんだけど他人がそれに触れると激怒する。弱さを見せれば優しく接し、弱みを見せれば徹底的に弄り回す。そういう子供、中学生くらいには結構いる。承認に飢えている子供。好意を向けてもらえないなら悪意でいいから意識を引きたい。無関心よりずっとマシだと思っていて、けどその自覚もない子供。愛したがりの構われたがり。クリスはそういう人物に見える。
病院から「出ていきたい」のは禁欲生活が嫌だっていうのも事実だと思うけど、"そう言うとブルースが困るようだから"っていうのもあるんじゃないかと思うんだよなあ。「コーラある?」とか「スネークバイト!」とか、その辺りのやり取りを見てる感じ、構ってほしいから困らせてるように見える。そのへんクリストファーの意識に上ってるかといえば間違いなくNOなんだけど、なんていうかなあ、素直に言うこと聞いてるよりああやって反抗()したほうがブルースは自分を見てくれるというか、自分がここにいるっていうのを確かめて安心する術をあんまり知らないんじゃないかなあって感じ。好きにしろ嫌いにしろ、感情を向けられるというのは存在を意識されているということなわけで。医師としてあろうとしている時のブルースが一番反応をくれるのは、「きまり」に反抗したり下ネタをぶつけたり、「黒人だから」を言わせようとしたりしたときなんだよね、たぶん。
情動のブレーカーが落ちたクリスが「遠くへ」行きたいっていうけれど、あんなに見てほしがってる彼が誰も自分を見ない「静かな」世界で穏やかに暮らせやしないだろうになあって思う。いやうんあれは希死念慮なんだろうとは思うんですけど。クリスの語彙力と認識している世界の狭さでアフリカ(遠くの土地)に行きたいって話として進んでいくけど、現実から消えてなくなりたいってことなんじゃないの。クリスにとっての"世界"は昼間のホワイトシティとシェパードブッシュだけで、それ以外のものは存在する場所であっても空想と地続きになってるような印象を受ける。いやまあロバ―トの言うように「想像するしかできない」んですけど。そういう色眼鏡で見るとアフリカ(ここではないどこか)に行く、そこでなら全てうまくいくっていうのをさらっと流してオッケーしたあの面談ぞわぞわする。それなのに「自殺」の仄めかしは懸命に説得する夜の会話も。自殺はキリスト教で重い罪のひとつなんですけど*5、現実と空想のあわいに行くのと自分の命を絶つのと、ここから消えていなくなるって意味ではそんなに違わない気がするんだけどなあ。

クリストファーにブルースやロバートのような知識や教養はないし、いわゆる"弁える"ことも殆どしない。そういう意味ではブルースの言う通り「あたま悪い」んだけど、頭の回転はけっこう速い気がするんですよね。なんとなく。(特にブルースに対して)弁えないのだって、できないんじゃなくてメリットがないと思ったらやらないだけに見える。
例えば、「え、本書いてんの?あんたが?」からしばらく、ロバ―トへの態度をころっと変えて協力的になるじゃないですか。あれは本を書いている人間、そして自分が本に書かれること、それらがクリスにとって価値のあることだったからなんじゃないかと思う。
「親父」周りの発言をみるに、クリスには"偉い人の知り合いでいたい"*6みたいな欲求があって、偉い人の知り合いだから(迫害されずに)存在していてもいいんだっていう回りくどいやり方で自己承認をしているんじゃないかと感じているんですが。ロバートの発言がクリスのそれを刺激したんでないかしら。自分に利のある人間だから機嫌を取ってやる。手持ちのカードの中で聞きたいだろう話を聞かせてやる。判断基準や望む見返りが2人と若干ずれてるだけで、ブルースもロバートもやってる人間らしい社会性だ。

クリスは相手のことをよく見ているし、本当に自分のほうを向いているかっていうのにはすごく敏く反応してるように見える。ブルースがする「境界性人格障害」についての説明だったりロバ―トが自殺をほのめかした(たぶん)クリスを説得するところだったり、大人しく聞いてるけど心に入ってなさそうな感じなんですよね。それは語彙力や読解の問題もあると思うんだけど、彼等がクリスに話しかけてるようで自分の考えを掘り下げてるだけだからでもあるんじゃないかなって思う。ブルースもロバ―トも己の知識や経験が"クリスのため"になるんじゃないかって話し始めたんだと思うんだけど、やってることが途中から思考の整理になっている。少なくともクリスにはさっぱり届いてないし響いてない。カウンセリングをする側の人間が受ける側になっているんですよね。興味も理解もない話でも遮らないで聞いてやるクリス、相手の話を遮って自論を展開する2人よりよっぽど傾聴できてるし(その点に関しては)人間もできてると思うよ。
ロバ―トには完全スルーなのにブルースのそれには何度か怒りを見せるところが割と好きです。怒りって期待があるからじゃん、どうでもいいなら害されない限り怒らないじゃん。「友達」だから怒るんだって夢を見たくなるんですよね。
2幕でブルースがクリスに泣きつくところ、筋もぐちゃぐちゃな泣き言にはおうよしよしってただただ聞いて慰めてやるのに、その後の言葉には白けた目をしてるんですよ。ブルースやロバートがクリスで壁打ちしてる時のガラス玉みたいな目とまた違って、心の距離を遠くに離した熱のなさが取り返しのつかないなにかが起こってるようでひたすらに不穏だった。クリスがあんな顔をするの、後にも先にもあそこだけじゃない? あのときの「馬鹿にしてんのか?」も、憑き物が落ちたように激情が抜けて謝罪を繰り返すブルースへの「なのにこいつ全然聞いてねえの」も、本当によく見てるなあって思う。あのときのブルースはクリスの気持ちを見ていない。と思う。
ところでですね、「おかしいよ?」「そんなこと言われたら、もうここにいられないよ?」っていうあれら、クリスは「文句」と言ってるあれらが最初に観た時からずっと、自分を心配してここに残ることを望んでいたブルースに言い訳してるように聞こえるんですよね私。(本心から)友人としてクリスを心配してくれたブルースへ、ここを出ていくことへの「筋」を作ってるみたいに。それこそ私が見たいものを投影しているだけなんだろうけど。

ただまあここまで書いておいてあれなんですが実のところ自分はクリストファーに引っかかりというか、クリス"らしくなさ"みたいなのをあまり感じていなくてですね*7 。他の2人に比べて人物像がすごく一貫して見える。そう感じるのはたぶん自分が無意識に、クリストファー「らしくない」言動を症状に振り分けてるからなのだろうと思う。ブルースがしていたように、彼"らしい"振る舞いはクリスの人格によるもので、彼らしくない振る舞いは病気の症状だ、って。現実にいるクリストファーという人間を、自分の中にあるクリストファーのイメージに当てはめて。なかなかぞっとしない話だ。
この背中を虫が駆け上がるような気づきの感覚を、言ってしまえば虚構のものから得られるのはすごいことなんじゃないかなあと思うんだよね……。普通って言い方も変だけどお話に出てくるキャラクターって普通、言動に筋というか、ある程度の一貫性をもたせるものだと思うんですよ。実在の人間はそんないつもいつも筋を通せるなんてことまずないんだけど、架空の人物だと作りこまれてないからぶれてるように捉えられかねないから*8。この作品は多少の不統一を突っ込んでも同じ人物に見えるほど、えぐいくらいに生々しい"人間"が描かれている作品なんだと思う。

 

クリスは嘘をついているのか。

この物語ではブルースもロバ―トもクリスの言葉で振り回されていく。何気ないやり取りだったものが破滅を招く過失に化ける。でも「ドラッグ」も「ブードゥー」も「あんたはこれを俺だって言ったー!」も全部彼等が口にした言葉で、クリスの(故意か過失かはわからない)誤読と抜き出し方でそう見える。これは"嘘"なのかな。にも書いたのでざっと行くけど、これを使って相手を嵌めてるのはロバ―トやブルースであって、クリスは「知らねえ」んだよね。ブルースだけじゃなくてロバ―トも、どんな状況で出ただろう言葉かをたぶん分かった上で使ってる。ロバ―ト、「あいつドラッグやり過ぎてんだよ」と「ブードゥー!」で聞いたときの反応が違うんだよ。面食らったようなのは同じなんだけど、「ブードゥー」を聞いた後の動揺と混乱、ロバ―トの迷いとか弱さとかそういうものが滲んでいるような感じだった。「ドラッグ」から推測した仮説が補強されたんだったらそんな風にはならないんじゃないか。彼が再び動揺したのは、クリスが抜き出した強い言葉たちが発された状況に気が付いたからなんじゃないかな。
話が逸れた。でも語りたかった。
クリスがいう"真実でないもの"はもう1種類ある。神経症・あるいは精神病の症状としての妄想。誇大妄想もだし、幻覚や幻聴もだろう。
幻覚幻聴は彼にとって実際あったことなのでまああれとして、妄想は"嘘"に入るのか。
入らないのでは?って思いながら観ていたんですがこの間、クリスが親父さんだったかお袋さんだったかの話をするときに椅子に身体を預けたまま、思い出すんじゃなくて考えるような表情と目の動きをしたのを見て震えあがった。*9いやもう印象の話になってくるんだけどさ、思い出してたときとは違ったんだよ。「ドラッグやりすぎてんだよ」の後、「他にも何か言ってたか」で考え込むときの表情とは別種だったように見えたんだよ。クリスに自覚(どころか意識)があるのかはわからないけど、家族についての話は情報の断片を「筋が通る」ようにした話なんだ。
その場で筋が通る話を作っている自覚の有無で嘘かどうかを判断すればいいのかなとも思うんだけど、行動も脳の動きも同じなのにそれで嘘かどうかの判断を変えることに違和感ないです?かといって、全部嘘ってするのも全部嘘じゃないってするのもなんか違う気がするんですよね……。
情報をつなぎ合わせて朧なところは推測で付け足して、自分の中で"それっぽく"筋の通るようにする。人間がごく自然にやってることだ。聞いたことあるかしら、人間は聴覚から入って来なかった音を文脈から無意識に補って「相手の言ったこと」が抜け漏れなく聞こえてるんですよ。クリスがやってることと、本質的にそう違わなくない?

 

成河さん演ずるブルース。

頑張っただけ報われてきた、愛されて育った子供。愛されてないかもしれないけど。わからない。
アフトクショーで「ブルースの育った環境のイメージができない(うろ覚え)」って言ってるお客さんがいらして、まあそうだよなあって思って聞いてた。だってブルース、普通の人間なんだもん。クリスのときもおんなじこと言ったけど、ブルースみたいな人間はクリスよりもっともっとたくさんいる。どこにでもいそうな普通の人間の生育環境を想像するのは難しい。普通って多数派のことで、数が多いほど枠の中は様々だ。
少しだけ知っているものに対して、わからないって感覚を抱くことってあんまりないじゃないですか。認識できていないものに対して知らないと自覚することはできない。上流中産階級のロバ―トが白人以外をざっくりとしか区別していない(ように見える)ように。大まかなところはわかった気がするから小さなことに"わからなさ"を覚える。見慣れたものだから細かな差異を区別して、それについて考えることができる。実存の人間に近い情報量があるがゆえ、ブルースが「わかりやすく」なる*10 ほど、観てる側は彼のことが"わからない"と気が付くんだろうなあと思う。
書いてて思い出したんですがそういえばこの演目のチケット取った動機、「人間してる役の成河さんを見てみたい」だったんですよ*11。衝撃ですっかり忘れてたけど、どこにでもいる人間だった。目をそらしたくなるほど鮮烈な(賛美です。)

ブルース、医者として向いてない……というわけでもないんだろうけど、技術面も向き合い方もとにかく未熟なのが剥き出しで目を覆いたくなる(好きです。)特に1幕、"やってはいけない指導"の見本市というか大丈夫なところがひとっつも見当たらなくてはらはらするのを通り越していっそ面白い(好きです。)
彼は患者に対して個人としてまともに向き合おうとしすぎに見える。対等な「友達」としてはいいやつなんだけど明確な力関係がある「先生」の振舞いとしてはあんまり良い結果を生まなさそう。前にも書いたんであれだけど、ブルースやロバ―トは相手が気持ちよく動ける(変われる、でもいい)ように、時には自分に嘘をついてでも場を整えてやることが求められる立場だと思う。相手を立ててじょうずに転がす、ロバートには(少なくとも最初は)出来てるのにクリスには途端に出来なくなる。クリスが「わかって」くれることを期待してしまうみたいに、あるいは彼に影響されることを善しとしないみたいに。それは友人だからなのか先生と患者の関係だからなのか、それとも他の何かなのか(黒人だからは流石になさそう)。まあでも友人だからって理由ではなさそうな気がする。
というのもブルース、とにかくクリスに謝らない。「気ちがい」についての問答、クリスはちゃんと「ごめん!」って言うのにブルースは言わないなあって思いながら見てたんだけど、その後もブルースはほとんどクリスに謝らない。ブルースが形式だけにしろちゃんと謝ってるのって2幕の「すまない。(クリスそれはしまって、オレンジに集中しよう)」とクリスが出て行くところだけじゃない?*12ロバ―トには半ばクッション言葉みたいな言い方にしろ使うべきところで謝罪の言葉は使うのに(少なくとも1幕は。)それが黒人だからじゃないとしても、ブルースはクリスをどこか自分より下に見ている節はあるんじゃないか。
ところで謝ったほうが関係こじれなさそうって場面でブルースから出てくるのが「わかった」なことが結構多く、それもあって彼の「わかった」が大変軽く聞こえる。全然信用できない。
ブルースの謝罪に対するクリスの「わかってないよ?」「俺いまこいつに話してんの。*13なのにこいつ全然聞いてない」、それな!!!!!って毎回思う。クリスのことを「わかった」つもりになって彼自身をちっとも見ていないの、いやもう大変身につまされるというか何というか人間ってそういう生き物だよねというか。何回見ても言われてみりゃそうだよなって毎回気がつくの、体験としてかなり楽しい。
ブルースが自分の信じている正しさに嘘を吐けない(吐かない)のがまた事を大きくするんだけど、それもロバートが相手のときは多少譲歩する…いやしてなかったな……。2幕のラストぐらいだったな……。ロバート相手なら感情の譲歩はしたけどクリスの診断については1ミリも譲る気なかったな……。そのくせブルースは基本的に言葉が足らない。というか相手の持ってるだろう情報を踏まえて話すって意識があんまりなさそう。1幕で「幻聴は?」「まだです」って言ってるのに2幕で「ゾンビがお前の肉食いにやってくるんだろ!」って怒鳴るの、それちゃんと報告しよう!? そのデータがあればこんなに拗れなかったんじゃない!? って思ってたけどあれはロバートがカルテに書き残したんだろうか。嵌める気でいたのに。律儀さんか。

ブルースがクリスの理想的じゃないところを“病気の症状”として処理してるの個人的にはなかなか怖かった(賛美です。)その理解に基づいて本来干渉すべきでないところにまで“担当医として”干渉しようとしているのも。その領域まで踏み込むの疾病の治癒やQOL向上が職務目標の医師が踏み込んで大丈夫なやつ!? うろうろするクリスの視界に入ろうと回りこんでクリスの余裕を更に削ってるブルースが叫ぶ「そんなタイプじゃないはずだろ!」、見てるときはいっそ面白かったんだけど思い返すとめっちゃ怖い。何が一番怖いってブルースはあれを“クリスのためになる”と思ってしているつもりだろうことですよ。純度100%の善意と使命感だってあれは……怖いよ……。自分より弱い立場の人間に向けるあの“善意”、強度の差こそあれ身の回りに普通に転がってることがまた背筋が冷える。話が逸れるけど“自分より劣ったところのある人間を正してやる”善意が蔓延するのは虐待の連鎖とか悪しき風習とかではなく、単純にそれが気持ちいいんだと思う。そっちのほうが言ってしまえばヒトとして自然な姿なんだなって子供と大人見てると思う。(やっていいとは言ってない)それを認識して制御するのが道徳観ってやつだと思う。たぶん。

げらげら笑って挑発するクリスに猛然と掴みかかるブルースが「笑うな!!!」って吠えるのにびっくりした。低い声で音を破裂させるように吠え掛かるその勢いにもなんだけど、反応するのそこなんだ、って。ブルースは相手の言葉、というかフレーズに引っかかって噛み付いていく印象が強かったので、そのぶん余計にびびったんだと思う。
ところでなんですがこの場面、これまで漠然と“クリスを害する敵”を指して使われていた「悪魔」や「ファシスト」が挑発のニュアンスとはいえ明確にブルース個人に向けられたことも思い返すとぞわっとする。あの瞬間クリスがブルースをそう認識してたんだとしても単純に彼が他に“嫌い”を表明する言葉を持たないだけだとしても、自分が嫌悪する属性の押し付けと個人への好き嫌いをイコールで捉えてるんだとしても。

クリスの愉快そうに笑うくせ屡々ちっとも楽しそうじゃない*14のもあっそういう子いるって刺さるんですが(好きです)、ブルースが笑顔を出すときが大抵お仕事モードへの切り替えか価値観が合わないものへの防御反応じみているのも刺さる(好きです。)
特に「たたないんだよ〜」とか「ちっちゃいブルース作っちゃえよ」とかに対して感情の色のない(強いて読むなら辟易)笑顔を作りながら視線を下に逸らすところ、この人本当下ネタ苦手なんだなあって感じ。終盤で完全にクリスを“見なくなった”ブルースが反応する(ほど衝撃を与えた)のもそういう話題だし。アブノーマル自慰ネタを黙って聞いてるブルース、お化けに怯えて暗がりから目を離せない子供みたいな顔してる。

そういう笑い方が多いブルースが「私はお前の味方だよ」でこぼれるように笑顔を浮かべた回があり*15、その後の展開を知っていたので大変心を抉られました。あの回が初見だったら2幕で心が折れたと思う(賛美です。)
感情がこぼれ出た人間をガン見してても怒られないから観劇行ってる面があるんですが、瞬間の表情としてあの瞬間の無防備な笑顔と「もういいんだ」ってブルースを見るクリスの眼差しが個人的大ヒットでした。ブルースの脇を一瞥もくれずに通り過ぎるロバートの頰に一筋涙が伝っていた回も衝撃が大きかった。重要なカットかは知らんけど、そもお話の中での重要度と琴線に触れたかどうかは全く別の話なので……。*16

 

ところでこの作品で“わからない”って感じたことの大半が“思考の筋が見えない”じゃなくて“自分がそのキャラクターに持っているイメージにそぐわない”で、それに気がついた瞬間ぞわっとしました。そも理解って多かれ少なかれ自分の見たいものしか見えないし見たくないものはノイズとして切り捨てる行為だと思ってるんだけど*17いやまあそれにしたって、クリスに自分の論理を投影する医者二人を笑いながら見てたのに結局同じようなことしてるな?という寒気(楽しい。)

*1:個人的には昨年12月ごろの成河さん"私"が一個人に投影したかみさまを信仰しているようにしか見えない。

*2:まあクリスは明らかに精神病の"症状"の描写もあるんですけど、人格としてはどこにでもいる人間だと思う。

*3:14日アフトクで千葉さんがお話なさってた。指輪ないなあとは思ってたけど

*4:教育業界というか生徒指導としてはであって精神病患者へのカウンセリングとして良いのかはすまない知らない。

*5:本編で言及はないけれど、ロバ―トの単語の使い方は聖書のそれとよく似ている。クリスも少し。

*6:小さい子がよくそんな空想をして、時々のめり込みすぎて現実とごっちゃになってたりしますよね。僕は何なにレンジャーの一員なんだってやつ。

*7:自分がクリスを見てて引っかかった(賛美です)ところ、クリスについてよりもブルースやロバ―トとの関係性って感じのが多い。

*8:キャラ崩壊ってやつ。

*9:16日の回。

*10:14日のアフトクで伝わるように演じるとかそういう感じのことを成河さんが仰ってた。

*11:知ってるご出演作品が「スリル・ミー」と「エリザベート」、「髑髏城の七人」だったので

*12:「謝る!心から!悪かった!」のあれを謝罪とは言いたくないぞ私は。

*13:21日時点。それまでは「文句言ってんの」だった気がするんだけど記憶違いかもしれない。

*14:1幕夜会話での「あいつが言ったのか?」「あいつ何処にいる?」から笑顔でずかずか歩き出す場面とか

*15:最近は「クリスとも話をしてみるよ」で笑って感謝と喜びを伝えるのがやっと出た笑顔のことが多い気がする。

*16:ファンアート、刺さったものとお話から感じた主題をどうやって混ぜるかが本番なところありません?私だけ?

*17:私のあそび方は二次創作の前段階にしてる情報処理なので余計にそうなる