つまるところ。

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全人類「タコピーの原罪」を読んでほしい

全人類「タコピーの原罪」を読んでほしい。
はい。

どうか読んでほしい。まずは1話だけでも。願わくば2話まで読んでもらえると「ざらついた現実」(あらすじより)への覚悟がキマると思う。


公式のあらすじはこんな感じ。

地球にハッピーを広めるため降り立ったハッピー星人タコピーは、笑わない少女しずかちゃんと出会う。どうやらその背景には学校のお友達とおうちの事情が関係しているようで…。無垢なタコピーが知るざらついた現実とは!?衝撃のヒューマンドラマ、ここに開幕!

 

以下、「タコピーの原罪」7話までのネタバレを含みます。
物語のじごくを探しにいくオタク(私です)が大ハマりしてるあたりでおおよそを察してください。いいね?

 

どんな話?

 個人的には、ハッピーを広めるために地球にやってきたタコピーが、初めてできたお友達のしずかちゃんをハッピーにするために奮闘する物語だと思っています。

 お話の筋を紹介しようとしたらこう言うしかないんですが、この文句で勧めたら絶交されると思う。まどマギを「少女たちが願いを叶えて魔法少女になる話」って言ってるようなものなので……。
いやでも嘘ではないんですよ……。タコピーはしずかちゃんに笑ってほしくて頑張っているだけだし、無垢なタコピーの一生懸命さは愛らしい。

ただね。
公式あらすじにも書いてある

「おうちの事情」「ざらついた現実」がガチモンなんだわ。

この世の地獄ご家庭カタログか? って濃度と密度。
7話現在、一番不幸な女の子に見えたしずかちゃんが一番まともな親子関係を持ってる可能性までありますからね……。


被虐待児登場人物を紹介するよ!

しずかちゃん
虐待状況:消極的ネグレクト(軽度)
チャッピーが大好きな女の子。チャッピー以外はどうでもいい。
タコピーが幸せにしたいヒロイン枠。天性魔性のファム・ファタル(幼体)
ファムファタルの幼体というより、幼体だからこその魔性。

まりなちゃん
虐待状況:身体的虐待、情緒的虐待
優しいママとハートが好きな女の子。しずかちゃんをいじめている。
ママのお話を聞く「いい子」の「まりちゃん」でいないと殴られる。

東くん
虐待状況:情緒的虐待(きょうだい間での差別的扱い)
頭が良くて努力家の男の子。いじめられてるしずかちゃんが気になっていた。
テストで100点が取れなくてママから期待されなくなった。

タコピー(んうえいぬkf)
虐待状況:⁇??
宇宙にハッピーを広めるために旅をする宇宙人。しずかちゃんには笑っていてほしい。
無垢で無邪気で空気が読めない。暴力を振るわれないと敵意や害意に気がつかない。
訳あってハッピー星に帰れない。どうしてなのかはわからない。


どこが見どころ?

 こ の 地 獄  を リ ア ル タ イ ム で 見 よ う ぜ
間違えました。本心です。

 物語そのもののインパクトも大きいけど書き込みがすごいんですよ。部屋の隅に置いてある小物やノートの書き込みに人物の生活や価値観が見える。1話更新されるごとにこれまでの話を読み直すと新たな発見がある、これは楽しいですよ。短期連載だから全部追うのもそこまで大変じゃないしね。
 あのほんとにおもしろいし見どころいっぱいあるんだけど抽象の思考苦手で出てこなくてですね。
 

各キャラの見てほしいところ

しずかちゃん

 2話あたりまでは彼女がチャッピーと穏やかに暮らせるとささやかな幸せを願っていました。今は日々震えています。手段を自覚させてしまったタコピーと目的を作ってしまったまりなちゃんがこの魔性を解き放ってしまった……。
 しずかちゃんはタコピーや東くんを破滅させたいわけではないのが魔性の魔性のたる所以だよ。彼女は相手のほしいもの*1を気まぐれに差し出しているだけ、周りが勝手に破滅していく。チャッピー以外のすべてから心を閉じて受け流していたしずかちゃんは、自分が笑ったり頼ったりすれば思い通りに動いてくれる人がいることを知ってしまった。初めはチャッピーのところに行くためで、今もその大目的は変わっていないけど、それ以外でも他者を動かすための魔法を使うようになっていてすごい不穏。6話の指輪なんか東くんにリスクがあるだけでしずかちゃんにはメリットがない、ただの気まぐれか魅力スキルの力試しだったじゃん。いやほんとまじでしずかちゃんはチャッピーと一緒に幸せに暮らしていてくれたほうが世界の被害は少なかったよ……。

 しずかちゃんがいつも襟ぐりの伸びた白いTシャツを着ているのとお家の中が荒れているのとでネグレクトのかおりが漂う。漂うんだけど、おそらく小学生3人の保護者でしずかちゃんママが一番まっとうに子どもの心を気にしているのがアナタ、この地獄のすごいところですよ……。
 3話で保健所に連れて行かれたチャッピーのことを「パパのとこ」行ったから「いつか取りに行ける」と説明し、チャッピーの悪く言ったと気づいたら話題転換を図り。しずかちゃんママ、チャッピーを可愛がってた娘の心情に寄り添おうとしてるんですよ。
 しずかちゃんもさ、給食を残しての放課後も特段飢えた様子はなく、毎日下敷き買うはめになっても(うんざりはしてるけど)お金をどうしようとは思ってない。何よりしずかちゃんちは戸建てなんですよね。犬が飼えない賃貸ではなく。娘のおしゃれや持ち物には手が回らなくて、でも飢えたりお金に困ったり、唯一の友達を失ったりはさせないようにしてる。自分にとっては元夫が勝手に置いて行っただけのモノであっても、娘が大事にしてるから家に置いて世話をしてくれるしずかちゃんママ、相対的には悪い人ではない。いや絶対的にはややネグレクト状況なのでよろしくないとは思うけど、じゃあ今のしずかちゃんママに何をできる余裕があるよって言うと、さあ……? ないじゃん……? ここが地獄のじごくなところだよ。しずかちゃん一家に必要なのはママの改心ではなく社会の援助です。

 

まりなちゃん

 話が進むにつれて救いがなくなる、地獄の底が見えない登場人物ナンバー1。背負わされてる業が重すぎるんよ。
 まりなちゃんは両親に大事にされて服やおもちゃもいっぱい買ってもらって*2学校ではグループのリーダーで。皆に愛されているはずなのに彼女の心を大事にしてくれている人が誰ひとりいないの本当につらい。好きの反対は無関心とはよく言ったものだよ。
 友達はしずかちゃんいじめって愉快なコンテンツを提供してくれるから着いてきてただけで、まりなちゃん本人には関心がない。*3子どものゲームで一緒に遊んでくれたパパはまりなちゃんと一緒に暮らしたいとは思ってくれず、しかも着いて来ようが来まいがどっちでもいい。
 しずかちゃんママがまりなちゃんの名前をうろ覚えなので*4パパはしずかちゃんママと会ってるときに娘の話をしないんだなっていうのがわかる。チャッピーがいなくなった後の6話で「離婚調停」、7話で「親権の話」「育てるつもりもない」って情報が出てきていて、まりなちゃんが信じてママのためにあんなに頑張ってた「しずかちゃん(とママ)がいなくなればパパはママに指輪を買ってくれる」はまりなちゃんママの都合の良い妄想に過ぎなかったのがわかるのとてもつらい。
 まりなちゃんママはまりなちゃんが大切なようで、「ママのお話をずっと聞いてくれる」「いい子」の「まりちゃん」を可愛がっているだけで、まりなちゃんがそうじゃなければ暴力をふるうし、いい子のままでも嫌な目に遭ってる自分の傍にいなかっただけで気に入らない。4話冒頭の手の下にある斜線、あのコマの他の影とは違う線で描かれたあれはママの手の影じゃなくて暴力の痕だと思うんだけどどう思う……?
7話の怒涛の畳みかけ、「どこの誰かは存じませんが」「お腹を痛めて産んだ大切な娘」を「返してください」、あれはたまたま本当に成り代わってたからタコピーは罪の重さを自覚したけど、まりなちゃんが自分の意見を言ったときにもあの母親は同じことをするぞ。カシオミニを賭けてもいい。

 誰にも心を気にかけてもらえないまりなちゃんの部屋はハートがいっぱいで、その次に多いモチーフが空想生物のユニコーン(バッグ、ぬいぐるみ、写真のシール)なの本当につらいし漫画がうますぎる。まりなちゃんの持ち物は大量生産されたハートとおもちゃ箱みたいな部屋と“昔の”家族写真と、パパのを見て覚えた暴言*5とママから与えられて覚えた暴力と心の折り方*6だけなんだよ。かわいそうにね。

 

東くん

 勉強家で頭がよい小学生。でもママにはたぶん一度も認めてもらったことがない、承認欲求と肯定に飢えた男の子。手持ちの知識で現実の課題を解決する力に長けていて、足りない知識を都度補いながら*7現実的な計画立てるの上手だけど、ちょっと詰めが甘い(100点を取れない)のがいつか足を掬いそう。
 東くんの回想でパンケーキが喋ってるのは、彼がママの顔を見られないで、俯いてる彼の視界にパンケーキだけが映ってるからなんだなって気が付いたときの「ひぇっ……」感だよ。幼い東くんはママの目を見て「えーっ」「ママぁ」ってお返事しているのに。回想の東くんが俯いたままママの言葉を待つようになったあたりで眼鏡をかけ始めてるのもまたさ……。しずかちゃんと一緒にいるときは眼鏡かけてないんだよ東くん。でも東くんがおしゃれメガネを買ってもらえるとは思えないから*8、計測値としての視力は悪いときあったんだろうなと思う。……ところで子どものストレス症状として心因性の視力低下というのがあるんですよね……。東くん、「さっさと帰って勉強しなきゃ」と思ったときに眼鏡をかけるんだよね……。これは邪推なんですが、パンケーキが喋ってるのは”ママが自分にこれを言っている”から目を逸らしているからなんじゃないかなって……いつも決まった場所に体罰をされる子どもが(自分じゃなくて)この腕が脚が悪いから、嫌いだからこんな目にあるんだと思い込むのと似たような……。
 「東くんしかいないの」「東くんならできそう」で簡単に転がされて期待に応える欲求が罪の意識を上回っちゃう東くん、本当に飢えてるんだなこの子は……と思う。期待される歓びだけじゃなくて、期待に応えられない恐怖が一体になっているからあのエネルギーなんだろうな。

 「できなかった」から期待されなくなることに怯えていた東くんがただ笑って迎えてくれたしずかちゃんを見て安堵で大泣きするの、よかったね……と思うけどその安堵はいつか裏切られるよって強い確信も抱きましたよね。しずかちゃんにとってどうでもいい指輪の失敗だから受け入れてくれたわけで、チャッピーのところに行く計画が破綻しても頑張ったんだよねって赦してくれる子じゃないぞしずかちゃんは。
 ハッピー道具を「名前じゃねえよ」って言う東くんの下の名前が一向に出てこないの若干のつらみがありますね。終わりまでには判明するのかな。最悪の形で出てきそうですね。

 

タコピー

 6話7話のあたりからTLの感想に「こいつも虐待されてたんじゃ説*9」が目立つようになってきた。
 わたしはタコピーはかぐや姫がごとく罪を犯して追放された*10んだと思っていたんですが、確かにそういう目で見るとめちゃくちゃ不穏なんですよね……。
 「ハッピー船でひとっ飛び」のハッピー星に帰ることができない(船はタコピーを迎えに来てくれない)、ハッピー道具の"有効な"使い方を知らない(道具の説明を十分に受けていない、禁止事項の掟の理由も教わっていない)、言い争いと仲良くおはなしの区別がつかない(ハッピーな状態の具体的なイメージがない)、「宇宙にハッピーを広めるため」に、帰れる日が決まっていない「旅」をさせるには極端に準備ができてなさすぎる。まあ、ハッピー星の住人みんなが頭ハッピーな可能性もあるんですけど……。あの星どうもママ以外の多くはみんなタコピーフォルムっぽいし、社会性昆虫やハダカデバネズミみたいな産むだけの巨大な女王と子という作業要員で構成される社会なんじゃないかなって気がする。

 タコピー無垢で可愛いけど、無垢って何も知らない、知らされていないってことだからねえ……。立ち向かう力を持たせないまま何が起こるのかわからない場所に送り出すのは愛と言えるのか。まあこの話だから"そこに確かに愛はあった、けれど子どもの心や未来を思い遣るものではなかった"みたいなモノになる予感がする。
 まりなちゃんに叩かれてもまりなちゃんママに叩かれても「おはなし」しようとし続ける、まりなちゃんのときに「無理だ」と心が察したのにママのときもまだ諦めてない、タコピーの無垢さがいつか致命的な損傷を招く気がしますね。やり直しがきかなくて相手が手を止めることもなくて、それでも口を閉じなかったら、暴力は止まらないよね。

*1:タコピーはしずかちゃんに笑っていてほしい。東くんは「あなたならできそう」って期待がほしくて、できなくても失望されない安堵はもう手放せないだろう。

*2:第7話の見開きと数コマで表現されてるのびっくりするほど漫画がうまい。

*3:6話以降でまりなちゃんが新たなターゲットになることもない、いじめるほどの関心もない

*4:3話、「まりなちゃん?は大した怪我じゃないらしいけど」

*5:寄生虫」「(パパが)頑張って/苦労して稼いだ金」

*6:2話のまりなちゃんがタコピーに加える暴力と7話のまりなちゃんママがタコピーに加える暴力がコマ割りレベルで同じ

*7:6話の計画立て、東京のガイドマップや小学校の学習分野ではない地理の参考書が手元にある。

*8:期待されてる潤也お兄ちゃんは「欲しいものなんて何だって手に入れられる」、翻って期待しても「ムダ」な東くんはおやつのパンケーキもお母さんの承認も手に入らない

*9:この虐待家庭オンパレードでタコピーだけ何もないなんてことはなかろう

*10:地球で絶望を知って対義として幸福を知って、しずかちゃんとの思い出を星の道具でかぐやのごとく失ってハッピー星に帰されるのかなって