つまるところ。

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マドモアゼル・モーツァルト感想(10/16S回)

人の名前出すけどそのキャストさんの役の話だけする感じではないです。幼稚園の芋ほりみたいな話の進み方になった。文章力が足らなかった。
個人の感想でありすべての個人団体宗教思想とは無関係です。毎回言うけど、あなたの観て感じたものがあなたにとっての真実だよ。*1

 

たぶんあとでサリエリ足します。

明日海さんモーツァルト

音楽の申し子モーツァルト。音楽に愛され音楽を愛した永遠の少年(少女)、それより上でもそれ未満でもない。彼彼女(以後、便宜上「彼」とします)にとってはエリーザでもヴォルフガングでもわりとどっちでもいいんでしょうね。どっちでもいいとは違うかな、どちらかだけを選んで捨てたらモーツァルトではなくなる。

細かい事ぁいいや、宝塚退団から間もないの男役トップスターをこの配役に持ってきたの大正解だよ。この方の場合は間もないわけでもないっぽいんだけど(ぐぐったら'19年だった)2020年を数えるのもあれじゃん……?みたいなのはある。場内お客の宝塚劇場仕草*2にはだいぶ辟易したんだけど、それをさし置いても大正解だよこのキャスティング。明日海さんだからのものもあるんだろうとはもちろん思うんだけどそれでも傾向として大正解。

エリーザしてても(モーツァルトにとって)咄嗟のときに出てくるのが男の所作なのにヴォルフガングでいるときも明らかに成人男性ではない、けれど作っているようでもない、内から自然とにじみ出るような少年性がモーツァルトという人間にめちゃめちゃ合ってた。モーツァルトのもつそれは、少年だけが持つ素質というよりは(女ではなく)少年だから矯められずにいられた子どもの(貴重で同時に残酷な)まっすぐな素直さだなあと思う。男として育てられたから社会に矯められることのなく、唯一無二の才能があるから政治に矯められることのなく。
女をできないわけではないけれど(そしてやろうとしてるときの所作は実際完璧なんだけど)切り替えにいるちょっとの間が、男としての振る舞いを躾けられ男としての奔放*3を許されていたモーツァルトにぴったりだった。

彼のジェンダーがどうなってるのかはよくわからないけど*4モーツァルトモーツァルトでしかいられないんでしょうね。エリーザだけでもヴォルフガングだけでもいられない。収まりきらないという意味でも、社会に生きるひとりの男/女として足りなさすぎるという意味でも。社会的役割も家庭的役割も、どちらの性が担ってる(担わされている)ものもモーツァルトは持っていない。彼のそこはぜんぶ音楽がもっていってしまっている。

ここまでもここからも私にはそう見えただけって話なんですが(前置き)、モーツァルトは友情深くて愛情深い優しいいい子なんだけど恋情とか肉欲とかそれらを伴う駆け引きとかにアンテナが生えてないレベルで感受性共感性が低いなって思う。素直で無邪気で思いやり豊かで人なつこくて、それだからこそ残酷な応えを返してしまう子ども。子どものように、少年のようにと言えば聞こえはいいけれど、要は未成熟、大人になれないというのとそんなに変わらない。大人になれないいきものに勝手に性衝動を期待して勝手に失望したり傷ついたりするほうもわるいというのはそれはそう。(モーツァルトは「僕は向いてない」と言っている。)
コンスタンツェへの「君は自由に生きればいいんだ!僕は束縛しない!」が"恋愛結婚した夫として"どんだけ酷い物言いか、たぶん彼にはわからないんだよな。彼は焦がれる恋心も手に入れたい肉欲もヒトに抱いたことがないから。ここまで書いてモーツァルトはハメられただけで恋愛感情じゃないしそのアプローチに色良い返事をしたことは一回もなかったよな……と思い至りましたが*5それはさておき。
カタリーナがエリーザに触れてまで彼女を引き留めてした丁寧な淑女の礼、エリーザはおんなじように澄ました顔で丁寧に淑女の礼を返して(できた!)って子どもみたいな顔してたけど、どういう意味かぜんぜんわかってなかったでしょあれ。ちがうぞエリーザあれは君への親愛でばいばいしてくれたんじゃないぞ、お友達ごっこしてくれてるんじゃないんだぞコンスタンツェとは違うんだぞわかってるか、あれは敗北者の最後の矜持だし君の後ろのサリエリへの当てつけだし、それを受けて澄ました顔で返礼するのはカタリーナへの侮辱……までではないにしろ「お前などに揺さぶられない」の意味を孕むんじゃないか!?

男としても女としても生ききれない、音楽をつくり音楽とあそび、お友達にそれを見せて一緒に楽しくなるしかできない、そういういきものなんだよな彼。
おんなじこと言ってる? まあ今回モーツァルトがヒトの形をしたヒトとして成熟できない音楽の子だって話しかしてないから……。
作曲家としての渾身のアプローチをあんな侮辱的な躱され方した(モーツァルトは称賛と親愛の表現のつもりでその意識は微塵もない)サリエリはちょっとかわいそうだけど、そういう人間だと知っててなお好きになっちゃったのは自分だから……。

コンスタンツェ、恋する盲目な少女からモーツァルトの見るものを分かち合う友人になったの熱い展開でしたね。光の"音楽には抗えない"だった*6
おままごとの夫婦関係になんだかんだ付き合って作曲以外の全てでボロが出まくりのモーツァルトの面倒見てやってるのいい子だね。「魔笛」の作曲でさ、モーツァルトに食べてくれ寝てくれって言ってたコンスタンツェが完成したのを聞いて、休息を促す前に彼が分かちたい音楽を一緒に見るのを選んだのがこう、そんな感じ。おままごとみたいな夫婦がおままごとみたいに綺麗なものを分かち合っている(賛美の表現です)

2幕の夫婦喧嘩でなんでもっとちゃんとしてくれないの!って憤るの身勝手だなとは思うけどまああの作品での女性の社会的自由のなさ(夫の付属品としてしか意思主張が許されない、と見て読んだんですが違ったらすまん)からすると性行為は諦めるので社会の「夫」「父」の役割はしてくれっていうのは生活保障として最低ラインの要求ではあるんだろうな……。モーツァルトの夫婦としての関係は作れないけど君にはずっと一緒にいてほしいもなかなかに身勝手な要求だからお互い様なんだろうな……。
ところでそういう身勝手を言うときのモーツァルトが次に続けるのが「金なら心配するな!」なのそういう問題じゃねえが半分、父ののろい……が半分の気持ちで見てしまう。演目内では才能を開花させるための「ヴォルフガング」だったけど史実の神童ヴォルフガングは稼ぎ頭だったからつい。


鍛冶さんダ・ポンテ(+神父(記号としての教皇かも))

鍛冶さーーーん!!!!!(ファンか?)(たぶんちがう)(板の上で鍛冶さんが動いてるとなんか嬉しくなっちゃうだけ)
艶々とした黒髪、全身を包むビビットフランスカラー! やったー!!(何がやったなのか)(わかんないけどなんか楽しくなって。) きらきらぎらぎらして愉しそうに人生やってる。そして鍛冶さんお歌もできるんですね!? お歌じょうずですね!? マタハリで歌唱なかったからてっきりストプレのみの方なのだとばかり。
ポジションがたぶんハイテンション道化の人なんだけど、ドン・ジョンバニを書いて貴族に飽きられて自信の揺らいでるモーツァルトにお前は天才だって火をつけて貴族の男に手を出して亡命するの人生を燃えるように生きてて楽しそうだった。自分という人間のやりたいことが見えていて手を伸ばすのを躊躇わないで生きている男。モーツァルトは恋愛も社会も応援すれど自分の気持ちにはできないけど、いつまでたっても子供みたいな、好きなものに目がなくて良いものを作りたい芸術家とは一発で心をひとつにできるんだよな…。魔笛の脚本持ってきた男もそう。芸術がもたらす興奮に何より夢中になるものたち。

そして鍛冶さんの声を聞いて実感する、MMの音響さん技術がすごいな!? 鍛冶さんの演じる人物は4か月前に同じ劇場で観た*7んだけど待って全然聞こえ方が違う。こんなに深みのある声をしていたんですかこの方。キャラクターが違うから声色も違うのはあるかもしれないけどそれにしたって、ひそめた声の立体感までまるで違うのこんなことってある!? 声からの情報量に歴然の差があるんですが!?!?
リリアホールはいくらかかってでもこの音響さんに舞台のたびに来てもらってアドバイスをもらうべきだよ……。音と視界の二重苦のうち片方が人間の巧みの業で軽減されるなら*8いくらお礼をお支払いしても安いものでは……?


こちらツイッタログです(鍵から持ってきた)

おうちサリエリの青い髪紐!あの鮮やかな青!光沢でいい生地なんだろうなってわかってくたりとしてるのがゆったりしたガウンも相まってプライベート感あって艶やかだしすごいかわいい
あれヴォルフガングもやらない!?彼が着てるサーモンピンクでやろう!?見たい(欲望)

おうちサリエリカトリーナの肩に片手をかけたままだったりはけてきながら身体を起こして彼女を抱き込みながら交歓をはじめたり笑う声がふんわり高いのに確かに大人の男の人の声音だったり、いつまでも少年のようなモーツァルト新婚生活との対比がえぐい

サリエリカトリーナの「モーツァルトショックから立ち直ったみたいね」に「君は意地が悪い」って耳元で返して姿勢を戻すとき唇がちょっとへの字になってて可愛いかよ……って思いました。モーツァルト見てるときのプライド高いんだなって感じの大人気なさとはまたちょっと違うのが可愛い

あんな大人気ないのに演奏会で聴き終わったら拍手するのが可愛いじゃん
サリエリカトリーナ、恋ではないけど夫婦の愛は互いにあるので見ていて安心する(幕間時点の感想) 愛情というか愛着といった感じ そんでカトリーナも音楽がそこそこわかる人なんだな

2幕頭のわたし「サリエリおまえー!?!!!!!」
2幕終盤のわたし「パパ!!!!!!!!」
あの「よかった!」がとてもよかった……モーツァルトへの嫉妬や愛憎をすべて消化して浄化されて、尊敬する才能、ひとりの友人としての純粋な賛美、賞賛

2幕サリエリの「お前は父親しか愛せないのか!!!」に、違う、違うよ、モーツァルトが恋せるのはパパじゃない、彼の世界に満ち溢れる音楽だけなんだよ……

2幕でカタリーナが「またモーツァルトの曲?」って言った“変化した”サリエリの音楽を、一度は彼の演奏会を聴いたモーツァルトが「あなたらしい曲だ」って言うので情緒がめちゃくちゃになった。サリエリの技巧を注ぎ恋しい人を想って曲を作ると音楽を愛し愛されたモーツァルトの曲に気配が似る

サリエリが無意識にモーツァルトに影響を受けている現れでもあるだろうし、聴こえてくる音楽を書き留めたモーツァルトの曲が、人が恋しい人への想いを形にしたものとよく似ているのでもあると思う いてもたってもいられない恋情のように音楽を愛し音楽に愛される者

まじめっぽいこと言ってるけど本能で物をしゃべると平方さんのおうちサリエリが色っぽいわるい男ですっごい可愛かったです 2幕で突撃自宅訪問したときの顔を寄せて照れ隠しみたいにちょっと茶化して「……一目惚れってやつだよ」って“男友達”相手に言ってみせるところとか

カタリーナに誘惑してこいっていうのわるい男ー!って感じだった(かわいかった) そんでもって自分へのラブが冷めるとか減るとか思ってないのがかわいいポイントだよ あとガウンの合わせ目から肌がのぞいてるの艶っぽい衣装だなって思いつつ合わせの角度が絶妙に何も見えないところになんらかへの配慮を感じた。少女漫画の世界

モーツァルトの音楽を聴いてるサリエリ、初対面では憎しみだか怒りだかに何度も険しい顔で噛み締めていて、コンサートでは仏頂面してるし初回はムッとしてるけど終わったら拍手を送り、贈った曲のアレンジには強い屈辱と敗北感と二次感情の怒りを見せる 音楽には抗えない 才能に嘘はつけない

自分の曲を即興で変奏されることを強い侮辱と受け止める彼に作曲家としてのプライドとモーツァルトの才能への敗北を見た(自分より下なら笑って指導すればいいんだ、彼は先生だから) それでも引き止めてしまうんだな 恋に溺れているから

そんなサリエリ魔笛には思わず立ち上がって拍手を送り、続いて現れた道化に怪訝そうな顔しつつも2羽の恋人?たちが歌い交わすあの曲のアレンジを観ながら何度も小さく口元を綻ばせているのが、モーツァルトの音楽、傑作がサリエリの心をとかしたんだなと 音に込められた好意は今度は過たず伝わった

*1:そしてそれをブログにまとめてほしい。noteでもいいから。公演終わった後に興味を持った人のために。

*2:具体的にはこういうのとかこういうのとか

*3:モーツァルトの言い方するなら「自由にしていいんだ!」

*4:性自認はともかく性嗜好はXなんじゃないのあの少年(当然ですが役者さんのそれについてではない。)

*5:そのあたり、2幕の夫婦喧嘩でコンスタンツェの言い分はだいぶ身勝手だよなと思ったしモーツァルトはだいぶ頓珍漢なこと言ってるよなと思った。

*6:Q.闇の「音楽には抗えない」は? A.ラブ・ネバー・ダイ

*7:マタ・ハリ」 おれはパンルヴェ首相が政治で見せる容赦のない腕が大好きだよ……言葉の選び方がめちゃくちゃうまい

*8:初ブリリアの方にはこの音響でさえも酷いものだったらしいので解決には届かない。実際アリアは反響の余韻がゼロだった。