つまるところ。

観劇や演奏会の感想を置いて行く場所。だって青い鳥には推しがいるから。もっと雑多なログもある。 https://utayomichu.hatenablog.com/

ラブネバに行って私の推しを見てくれ。(ネタバレあり感想)

前の記事で触れた(というか触れなかった)ように脚本……って思ってたけど、脳に電極刺したサル*1のように周回してたら自分なりに納得度の高い解に行きついたので改めて推すことにしました。

全部書き終わる頃には公演が終わる予感がする*2ので、1人語り終わったら更新する形式です。

 

 

濱田めぐみさんクリスティー

「弱い女性」を演る濱田さんを初めて見たのでちょっと動揺が隠せずにいる。

私の濱めぐ履修経歴、デスミュのレム*3、メリポピのメリー*4、メタマクの夫人*5なんですよ。大事なもののためには誰より強くて何だって出来て、それが喪われそうになると憐れなほどに脆い。*6私の知ってる濱めぐさんキャストってそういう人達だったんですよ。
クリスティーヌ、穏やかで愛情深い人なんだけど、なんというか、弱い*7迷い流される人なんです。
例えば1幕、コニーアイランドのホテルでの場面。コニーアイランドへの苛立ちを持て余し傷つくラウルを宥めるために、(ラウルの衝動的な言葉を受けて)ハマーシュタインの舞台に出るのはやめよう、「あなたが楽になるのなら」「忘れてみんな」って声をかけるんです。それが何の解決にもならないことをきっとわかっていて。
いやあ、弱い。夫人ならここでランディの尻を引っ叩いてるんじゃないかしら。行き詰まりの状況をひっくり返すには、「また今度」を許さない彼女の強さも必要だと思う。でもクリスティーヌにはそれができない。というより、そういう発想がない。

それはおそらく、彼女が手に入れたいものを思い描けていないから。強くなってまで手にしたいものがないんです。今を良しとは思っていない、かといって幸せな形の具体的なイメージもない。だから何かを失ってまで、何かを選び取ることができない。大切な存在のためだとしても、その人が嫌がるのをおしてまで自分を貫き通すことはできない。彼女はそういう役回りなんですよ。
物語の誰もが意識せずにいられなくて、その誰もが彼女にとって大切な人々で、物語は彼女を中心に回っていく。でも誰も彼女を、彼女の価値観や世界観を、"本当に"変えることはできない。ある意味とてもヒロイン的な人物で、でも主人公的ではない。
物語を通して成長する、そういう意味では主人公はやっぱりファントムだし、ラウルなんです。クリスティーヌはグスタフを通してファントムに家族の絆を与え、ラウルを「心で見える」世界に触れさせたけれど、あの物語で彼女自身が新しく得たものは何もない。だって歌姫クリスティーヌの成長、才能に拠らない愛を知ることは、10年前に済んでいるんですもの。知らんけど。*8

そんな濱田クリスティーヌ、ぜひ観てほしい場面はまあ色々あるんですが*9、2幕の後半に歌うアリア(物語上の設定なので伴奏はある。)その直後。
「愛は死なず」を歌い終わった後の初めて舞台に立った生娘みたいに感極まって挨拶する姿、あれ反則だと思うんですよね……。(おそらく)降り注ぐ拍手に一瞬ぽかんとして、我を取り戻して慌てて客席に向けるお辞儀の初々しさよ……。あそこでいつも、「ラブ・ネバー・ダイ」じゃなくて「歌姫クリスティーヌのアリア」の観客になった錯覚を起こす。

 

平原綾香さんクリスティー

やばい強い。このクリスティーヌ強い。
TLの感想で「主人公」って意見をちらちら見ていたので予想はしていたのですが半端なく強い。
このクリスティーヌへの第一印象「メリーがいる!」だったんですが、そのくらい迷いがない。自分の正しさ、すなわち選んだ道を後悔しないことを確信している強さ。ラウルにもグスタフにも、掛ける言葉に先生みたいな「正しさ」がある。
平原さんのクリスティーヌが”強く”見えるの、音楽が味方であると疑っていないところなのかなと思う。なんていうのかな、家族も音楽も手に入れてみせる、手に入れることを迷わない、そんな自信を感じるんですよね。
音楽が味方だと信じているクリスティーヌ、無敵じゃん。
「愛は死なず」の後、すごいもん。湧き出る自信と誇りに満ち溢れていて勝者!!!って感じ。なんかすごくこの人”らしく”て笑ってしまった。強い。
あと歌い方が独特で、なるほどこの人は歌手なんだなって思った。テンポを落としてめちゃめちゃ声を揺らして自由に切ったり伸ばしたりする、どっちかというと音楽映画やオペラでよく見る歌い方。まあそれが他人に流されないこの人のクリスティーヌ"らしい"感じで、キャストが一番活きるようにアレンジすることを決めた制作陣に拍手なんだと思います。石丸さんと市村さんも結構歌い方が違うし。(元を聞いてないのでどっちがアレンジなのかは知らない。)(知らないほうが心穏やかに見ていられる気がしてる。)

 

田代万里生さんラウル(なお長い。)

推しが増えました。ガチ推し*10です。笑ってくれ。
田代さん、おそろしく声が通る。台詞と歌とを同じ声で出せるってすごいね……?あと色んなところで見る表現なんですがミュージカル俳優田代万里生、演技が強火
表情の変化の大きさや鮮やかさは舞台の登場人物特有のそれなのに、その上で要所要所に生身の人間の仕草をぶち込んでくる*11のなんなんですか本当。そのおかげで登場人物として一貫しているのに情緒が全く安定していない、エモさの塊みたいなキャラ造形になってるんですよね……。あのちっちゃい身体のどこからって毎回思うんですけど、カテコでいや小柄じゃないな!?*12と毎回気がつくんですよね……なんなんだろう……。
田代ラウルの人物像ですが、弱くて脆くて自分を守ることも他人を癒すこともできなくて、そのことに都度傷ついている人、って感じ。とにかく余裕がないんです。誰かに優しくするための心の余裕がすぐに失われてしまう。
八つ当たりでグスタフを怒鳴りつけてしまった、その瞬間に苛立ちが吹き飛んで、見開いた目が後悔でいっぱいになっちゃうような人なんですよ。息子からも妻からも顔を背けて泣きそうに表情を歪めて。あの、大事にしてた宝物を落として壊してしまった子供みたいなアンバランスな絶望感。クリスティーヌに額をつけて慰められて、ようやく少し落ち着いて小さく頷き返すんですよ。すっごいかわいい。そうしてグスタフの「遊んで」に応えて、玩具を手に取るんです。優しい声で話しかけて、一緒に遊んで頭も撫でる。そういう人なんですよ。*13
妻につり合わない自分が不安で、家族に優しくできなかったことに傷ついて、そんな己を変えたいと思っている。一生懸命で、いじらしくて、そして救いがない。
ラウルが変わるためには余裕と自己肯定が必要なのに、クリスティーヌの側にいる限り彼の心は削られ続けるんですよ。変われるわけはないんです。才能を持たない彼は、歌姫クリスティーヌの側にいる限り。
(こっから長いしオタクの妄想です。)そもそもですね、この作品でのラウル・シャニュイ子爵、立ち位置が思いっきりえぐい。名前の出てくる人物の中で、それどころか名前も出てこないサーカスの人々を含めても唯一の「芸術がわからない」人間なんです。音楽の才能が最上級の優先順位を持つ世界の中で1人だけ、何も生み出せないし優劣すらもわからないんですよ? 地獄じゃねえか。自分の妻が何に焦がれていたのかもわからないのに、それがどんな感情なのかもわからないのに、自分はそれをけして与えられないことだけは解っている。
彼が酒場で独り胸中を吐露する「なぜ僕を愛する?」ってナンバーの中に、「メロディーひとつ生み出せず」ってフレーズがあるんです。そこで彼、自嘲するんですよ。すぐ前の「芸術なんて理解できず」はあんなに嘆きの色が濃いのに、ここは乾いた笑いと一緒に吐き出す。才能の多寡なんて、彼が気に病むことではないのに。それがないのを承知でクリスティーヌはラウルを選んだんだから。「小さなロッテ」を才能ではなくただ1人の女性として見ることのできた彼だから、彼女を籠から連れ出せたはずなのに。それなのに、おそらく、彼が一番苦しんでいるのはそれなんですよ。歌姫クリスティーヌの側にいながら、芸術を理解する才能を持たないこと。この10年間、彼がどんな言葉を浴びせられ、どんな視線に晒されてきたのか窺えるってもんじゃないですか。
ファントムとの取引で「負ければ地獄」と言うけれど、ラウルは何も起きなくたって地獄の中にいる。苦しみを忘れられないとわかっていながら、酒に溺れずにいられないほどに。

 

小野田龍之介さんラウル

ほとんど見てない。もっと見たいのにチケットがない。
なんかこう、田代ラウルより精神が安定してる印象です。*14クリスティーヌを思いやる余裕があるというか。楽屋でクリスティーヌに口付けた後、安心させるように微笑み掛けて部屋を去るんですよ。あの印象だと思う。今度観に行けるので、家族の団欒を観るのが楽しみです。
→観に行ってきました。
2週間前の私は何を見ていたのか。安定も何も相当参ってるじゃねえか。
感情の起伏の乏しさ、心で感じているものよりなお表出するものが乏しい感じ、出来事があってから感情が表に出てくるまでの僅かなラグ。どう見ても鬱一歩手前です本当にありがとうございました。ひとりで塞ぎ込んでどうにもならなくなるタイプですよあれは……。
小野田ラウルで胸が痛くなるのは、彼、家族といるときに表情の変化が一番乏しいんですよ……。彼がどう想っているかはともかくとして、クリスティーヌとグスタフの存在が精神の負担にしかなっていない。
四重奏できらきらと鮮やか*15だったのはもちろんなんですが、酒場で独り潰れてるとき、メグと話すとき。ファントムと対峙するとき(「負ければ地獄」)でさえ、もっと表情が豊かなんですよ。
他人には繕わないといけないって思うくらい心の動きが乏しくなってるのか、家族に向き合うのがもう辛くてできないのか、どっちでしょうね?どっちにしろえぐくない?
それなのに彼、楽屋で口づけたときとか小さなロッテに書いた手紙とか、そういうときは微笑みを浮かべるんですよね。クリスティーヌを安心させるためになら笑ってみせるんですよ、それでも、メグに向けたときのような目の光はなくて、優しいけどどこか儚げな笑顔をする。
そんな小野田ラウルが事切れたクリスティーヌに向ける安心させるような微笑み、ぜひ観てほしい。クリスティーヌをあやすように、彼女を安心させるように、そんなに優しい顔をする……。
※なお彼、グスタフには微笑みかけない。えぐい。

 

香寿たつきさん・鳳蘭さんマダム・ジリー

雰囲気は違うけど役割が一緒なので、並べて見たほうが見えるものが多いかなって。
なんとなくですが、香寿さんマダムのほうがより「振り回される弱さ」がある気がするんですよね……
鳳さんはマダムを「男のつもりでやっている」らしいと聞いたので*16、その言葉に引っ張られての印象かもしれないけど。

 

香寿たつきさんマダム・ジリー

毅然として、冷淡で、弱い女性。
香寿さんマダムは弱い女性だと思う。盲目的なまでに娘を想う母親。娘を傷つけないために時に現実に見ない振りをして、その結果、戻れないほど深く傷つける。
10年前にマスコミや政治家たちの「もてなし」を引き受けてたの香寿マダムだと思ってます。いやなんか……ここを歌うときの表情が……。あとね、2幕の最後でメグが叫ぶ「ベッドで!」に驚愕するんですよ、彼女。香寿マダムの知ってるメグは、ちいさな可愛い女の子のままだったのかなあって思う。下種な男の野蛮さも残酷な才能の壁もまだ知らない、無垢で無邪気な女の子。ファントムの口から出た「クリスティーヌ」のひと言が致命傷になるような醜い嫉妬を持ち得ない、一途で努力家で自分を信じている女の子に見えていたんじゃないかと思う。
香寿マダムは人の才能を測ることに長けているように見えるので、その盲目は愛ゆえだったんだろうなあ。「水着の美女」の稽古シーンでも、男性陣への指摘はともかく*17女性陣へのそれは的確そうだったし、実際メグは「会場を酔わせた」ぐらいにはうまくなってるわけだし。彼女の指導はファントムには及ばないにしたって、雛を羽ばたかせるだけの力はあるんだろうなって。
ところで香寿マダム、ラウルのことが嫌いだと思う。ラウルにMr.Yの正体をほのめかすときの「わかるでしょ」が酷く冷淡なんですよ。客席のほうを向いて、感情を読ませない表情と冷ややかな声で突き放すように歌う。「彼よ!」から「あなたもね」まではラウルの目を見て言うけど、ラウルの心情を思い遣ってるというよりは追い打ちをかけるような感じ。実際あなたもね、って返された田代ラウルは表情が憤りから一転、泣きそうにゆがんで後じさるほど動揺するし。

 

鳳蘭さんマダム・ジリー

強い。強い女性。
マダム・ジリーは元々その人が見ないようにしているものを的確に引っ張り出す役回りなんだと思うんですが、指導に向いてると同時に自身の不安を暴発させた時の威力が高すぎてやばい。特に鳳さんマダムは。自分の不安に共感させてしまった結果がメグが止めるほど強いラウルの猜疑だし、メグの「負ければ、地獄」なんですよね。
舞台稽古については、厳しい人だけどわが子に盲目って印象。「水着の美女」でメグがバランスを崩したときに動揺する姿だったり、男性陣へ注意するときのちょっとヒステリックな言い方だったり。女性陣への指示が的確かつ厳格なものなので、メグが可愛くてかわいくて仕方ないんだなって思う。2幕の「可愛い子…!」「それでもだめ」の言い方とかね。痛々しい。鳳マダム、一度振り向いて口を開きかけたのに、メグの喜ぶ様子に何も言えずに目を背けるんですよ。夢咲メグはこの言い方をされたときから絶望が見えてるんだけど、咲妃メグは可愛い子でぱあっと喜ぶので余計に痛々しい。
あと鳳さんマダム、メグが夜に何処にいるのか気が付いてる。空ろに水着の美女を歌い出したメグを見るあの表情ですよ、魂を吐き出すような「わたしのメグ……!」ですよ。あのマダムの嘆きように気が付いてから、他のキャストさんを抜こうと思っても無理でしたね……マダムの悲しみから目を外せない。
鳳さんマダムはメグをよく見てるんだなあって思うところはまだあって、「違うんだクリスティーヌとは」でね、誰よりも早く反応するんですよ。メグ自身がまだ動けないときから、すごく悲痛な顔をする。クリスティーヌとまた会えるのを無邪気に喜んでたことも知っているのにね。
ところで鳳さんマダムはラウルのこと、そこまで嫌いでもないのかもしれない。共犯者の色合いというのかな、(この状況がどんなにまずいか)あなたもわかるでしょ、っていうような。
Mr.Yの正体をほのめかすとき、共感を求めて鈍いラウルにいら立ってるように見えるんですよね。「分かるでしょ!」の苛立ちと必死な感じが印象的でした。

*1:己の快楽中枢に電気を流すボタンを与えると飢え死にするまで押し続ける。

*2:メタマクとスリルミで学んだ。わたしもがくしゅうするのだ。

*3:契約者を守るために自分を忘れさせ、己が死ぬとわかりながら禁則を破った。

*4:宇宙から来たメンタルがスーパー強い家庭教師

*5:夫のために悪意に染まり夫に寄り添い絶望し夫と共に狂っていった。

*6:メリーはひたすら強かったですね。彼女の強さを折れるものは地球にないだろうからね。

*7:歌声は不動の心強さだから安心してほしい。問答無用で心臓に届く。

*8:なにせ「オペラ座の怪人」を観ていない。観たらまた公式と解釈違いになりそうで。

*9:細かなところはこっちにある。雑多だけど。

*10:音源や映像が残ってる出演作品を片端から買っていく。

*11:同じものをメタマクd1で見た。その結果が8月も下旬から5回増えたあれだ

*12:身長177cm。石丸さん(174cm)より大きい。

*13:くずっぽいのは否定しない。でもそれ以上に卑屈さがあるんです。

*14:田代ラウルが自己肯定感を削られすぎてるとも言える。

*15:小野田ラウル、声が若いのもあって茶目っ気のあるお兄さんみたいでした。

*16:出典は濱田さんのラジオでのトーク

*17:メグの失敗から無意識に目を逸らしたんだろうと思う。