つまるところ。

観劇や演奏会の感想を置いて行く場所。だって青い鳥には推しがいるから。もっと雑多なログもある。 https://utayomichu.hatenablog.com/

メタルマクベスDisc1が大好きなんだよ。

思い入れが強すぎて3回イチから書き直してます。なんならもっかい直したいです。 笑ってくれ。

メタルマクベスdisc1、濱田さんを観にいってノックアウトされて結局7回通いました。最初に観たのが8月10日、次に観た17日で夫婦に精神をぼっこぼこにされたのが動機です。あの回すごかった。
さて、ここからはdisc1、そしてdisc2のネタバレを含みます。切り離して書きたかったのですが解釈の幅がすごくて、比較の形でもないとまとまらなかった。全体的に拗らせており、総論と脱線が長いです。

 

Disc2を一度観て思うDisc1、誰も彼も(人間的に)成熟している!!情緒が安定している!!!いや夫人なんかは1幕でも情緒不安定ですが、普通の範囲内というか、少なくともちゃんと「ひとりの人間」としての成長はしてそうというかほら、disc2夫人の人権を知らない感はないじゃないですか……。

disc1は家族と血筋の物語だと思うんです。
王も臣下も友人たちも家族ぐるみの付き合いで、誰かの個人的な幸せを心から喜んで家族みたいに笑い合う。あの国の人々はそういう関係で、身分を越えた確かな絆があるように見える。
それでも、血の繋がりには勝てない。
王は一家臣のランダムスターを我が子のように思っていて。それでも、それでも血の繋がった我が子に王位を、一番いいものをやりたいという切実な親心があって。まだ未熟なJrに予めやり取りを仕込んでまで示した王の親心、それが悲劇の引き金だった。
献身も親愛も血の繋がりには敵わない。それを見せつけられた後、自分たちが王を中心に集まったひとつの家族だと宣言したランダムスターの胸中は如何程だったか。血の繋がった我が子にいいものを与えてやりたいという、王やエクスプローラーの親心に一歩も引かないランダムスター夫人の強さと愛情はどれほどのものだったのか。

皆んなが家族のように笑っていた1幕は、人の在り方、国の在り方としてひとつの理想だと思います。それを見せられた後だから、2幕の落差があまりにもしんどい。皆が知る「ランディ」はどこかに消え、エクスプローラーはいなくなり、夫人は手から零れるように心を壊し。グレコは復讐に魂を燃やし、Jrは王の亡霊と復讐の炎でひずんでしまった。あんなに団結して笑い合っていた家族が、誰も誰も残らなかった。
マーシャルが王位を手にしたのも、あの段階ではあるべきところに収まったのだと思う。だって彼以外、皆んな壊れて狂ってしまった。Jrが生き残っていたって、彼に統治はもう無理だよ。ESP国に家族の笑顔は戻らない。血の繋がった息子のために、唯一の家族である夫のために奪い合った王冠が、財にも名誉にも関心が薄く、他人を蹴落とす発想が全くないマーシャルに渡ったのはつくづく業が深いというか、この世は無情だなあと思うわけですよ。息子の即位を夢見たとはいえ、マーシャルの夢も否定しなかったあのエクスプローラーが、こんな王位を担わせたかったかどうかも含めてさ。


ここから個別。時間がかかりすぎて一貫性がないのは許してほしい。


橋本さとしさんランダムスター。
このランディは皆んなの「ランディ」だよなー。王もローラも、ESP軍の人にもそう呼ばれてそう。王の忠実な部下にして旧友、愛すべき皆んなの兄貴分。部下や後輩の挨拶が元気なくてこっちもあんまり見ないようなときに、何かあったのか?ってまず心配が浮かびそう。ちょっと悩んで結局、心配だけどそっとしておいてやろうって普段通り接するんだけど、顔に全部出ちゃってるから部下には気遣いごと筒抜けになってる。そんな感じなのにひとたび戦となれば鬼神のような活躍だから、皆んな親しみ半分尊敬半分でランディー!って声をかけるんだ。
パール王ともほんとに仲が良くて、エクスプローラーと3人で飲んだりしてそう。家からこっそりお酒ちょろまかしたかお利口にジュースかはわからないけど(前者な気がする)、空き地か森かで地面に座って飲み交わして、まさに夢を語り合って。お前はどうなりたい、何がしたいって話になって、おっさんになってもこうやって笑ってたいなあ、そういう世の中にしたいなあ、なんて言ったんじゃないかな。
そんなランディだから、序盤の楽しげに生きてそうなエネルギーと最後の夫人を失った背中の小ささの対比が痛い。グレコと対峙したときの、修羅の如き凄みと守るもののない殺意だけの虚ろが空恐ろしい。
この男、強く弱く甘くはあっても優しくはなくない?とずっと思っていたのですが、メイプル城での幼児みたいな要領を得ない報告は、妻に戦場の生々しさを伝えない気遣いだったのかなーと先日思い至りました。エクスプローラーの食い気味台詞も初めは合わせようとしてあげてたし、いっぱいいっぱいにならなければ気遣いもできる優しさも持った男ではあったんだなあ。人として優しいというよりは行為レベルというか、自分に余裕があるときに、弱い者にしか優しくできない男でもあるけど。そこが彼の器の小ささだよなあ。
エクスプローラーや夫人にぶつけられた癇癪はまさに、彼の小ささの象徴だったんずあないかな。後ろめたさや罪悪感にに耐えられない、人に押し付けずにいられない小ささ。その小ささが、夫人の心に止めを刺した(と解釈している。)
公式パンフレットに「幼児性」と書かれてたのにはウケた。このランダムスター夫妻、普段は自分の中にいる小さい子供をそれなりに上手く扱えてるんですよね。自分のやったことを認めて褒めてほしいランディと、ひとと深く繋がってたい夫人と。些かベクトルが異なる幼さだけど、互いに甘えて甘やかして、をうまくやれている。うまくやれてたんだよ。ランディが夫人を見なくなるまでは。

「夫人のため息」のシーン、彼女が甘えても悪戯してもランダムスターは夫人に目を向けないんですよね。夫人の存在を認めないで繋がりに背を向けて、夫人の献身を認めないで背負った罪を全部押し付けて、宴の晩に破綻した。

「家族」と向き合わず目を離せば破滅するのがdisc1。

魔女どもは一方的に予言を与えるだけの存在で、ランディのために何かをしてくれたりはしないんですよ。自然と同じ存在。だからまあ、そんなものと夫人の言葉を天秤にかけてしまった時点で、破滅は避けられなかったんだろうなあ。
それにしても、このランディはなんであんなに疚しさを否定したがるんでしょうね。今後の課題。
お衣装について。全体的な色合いはそんなに変わらないものの、上着のデザインがちょこちょこ変わってる……かな?革でできた頑丈だけど(主に裾が)ぼろい外套、王の衣装。2幕の前半と後半で違ってた印象があるんだけどどうだったかなあ。中のシャツは胸元が広く開いた黒で、襟ぐりにラインストーンが並んで渋く光っている。王様モードだとたすきみたいな位置にキラキラが増える。個人的に刺さったのは、1幕では(たしか)肩の鎧にESP国の紋章が入ってるのに、後半のお衣装には所属がわかりそうなものが見受けられないこと。王様の服ってそんなものなのかもしれないけど、なんかぐさっとくるよね……。(肩甲骨の辺りに入ってるESP軍の紋章が途中で消えてるか割れてるかしてるのがあったような気さえしてるんだけど、前楽で見たときはなかったので妄想か見間違えかなって気がしてる。覚えてる方いらしたら教えていただけると小躍りして喜びます。)部屋着はさらさらしてそうな生地の、ゆったりした黒いガウン。双眼鏡で見たら蛇の鱗みたいな模様?材質?でした。袖には大粒のきらきらしたカフスが2粒!
ここからはランダムスターというより橋本さとしさん感想なんですが。
ハンドマイク出てくる演目が初めてでdisc1のときには意識しなかったけど、さとしさんの喉すごいな???初っ端からあのシャウト炸裂、公演中もハンドマイクの出番がほとんどない。夫人かローズとデュエットするときだけじゃない? それに加えてあの立ち回りでちっとも声がぶれない筋力と肺活量……。
ところで一度だけ、かなり前のAブロックで観た回があるんですよ。最後の「私の殺意」で、ちょうどランダムスターが正面に来る席。この歌ではいつも双眼鏡片手に夫人をガン見しているのですが、この回だけは橋本さんランダムスターから目が離せなかった。直前までそのまま夫人を見ているつもりだったのだけど、あのときだけはランダムスターを観なきゃと思った。目を離したら絶対後悔する、今でも確信するほどの気迫だった。
そして今、橋本さんが出ている作品を集めて回っています。シャーロックホームズ面白いよ。サムシング・ロッテンもチケット取りました。この方は本当に楽しそうに、弾けんばかりのエネルギーで舞台にいる。

橋本じゅんさんエクスプローラー。パパー!
あったかくて人が好さそうで、剽軽でおしゃべりだけどここぞというところで頼りになる。登場シーンの殺陣で、ランディを剣をぶつけて目を合わせ、にやっとするあそこが好きです。ローラー!!すぐ真剣な顔になって再び敵と斬り結ぶのがまたかっこいいんですよ。戦神の花婿が安心して背中を預けられる男。その信頼!
ランディとは同郷の幼馴染か、新兵からの付き合いか。若い頃から2人で戦に出て馬鹿騒ぎもして、ばかな夢を本気で語り合って。そんな間柄だったんじゃないかな。ローラは夫人との婚姻も子供ができたことも嬉しそうに報告したんだろうなあ。何一つ隠さず。
マーシャルとの関係も良好に見える。ランディの言うように親馬鹿、そしてやや過干渉のきらいはありますが。グレコについて迎えに来てくれた息子にかける「マーシャル!」の嬉しそうな声音。戦で伸びた無精髭も忘れて息子に頬ずりする様は、愛おしくてたまらないと全身で語るよう。マーシャルもザラザラしてるーってちょっと鬱陶しがりながらも満更じゃなさそうで、彼の歳を考えると子離れできてない感じするけど概ね平和というか、目の中に入れても痛くないほど溺愛してるのが伝わってくる(最後の方はいきなりはっ倒してたけどランディがたじろいでたから異聞だと思っている。)
だいぶうろ覚えなんですが2幕のソロシーンでランディが王冠を手に入れた手段には深く触れないの、このエクスプローラーは「それでもランディは友だちだから」な気がする。(disc2エクスプローラーは「自分に都合が良い結果だから」だと思う。)ランディは変わってしまって、お喋りローラも変わらざるを得なかった。それでもランディへの友情をすっかりなかったことにはできない。そういう男なんだローラは。

だから「倅のマーシャルが中免を取ったので、遠乗り……です」がね、考えるほど辛いですね。家族に起きた嬉しいことはいの一番にランディに話してきたんだろ、でもマーシャルの成長はもうランディを喜ばせない、それどころかマーシャルの存在そのものを喜ばしいものとは思ってくれないことに気がついてどんどん声が小さくなってくんだよ……。あのお喋りエクスプローラーがさ、怖れるように口を噤んでランディの顔色を横目で窺うんだよ……。  
ランダムスター王との会話で飛び出す「言ってくれよローラー!」がしんどい。ランダムスターが彼をこう呼ぶの、このときだけなんですよ。見た方には伝わると信じてる、あの瞬間、この二人が全てを開いて笑い合うことがもうないんだって理解させられる。ランディも気がついたのでしょう、だからこそあの失望なのでしょう。吐き捨てるような「お前もそうか」の直前、真っ暗な眼をしたあの瞬間に、エクスプローラーの殺害を本当に決めたのではないか。そう思う。
ところでこのシーン、楽日近くの回で「言ってくれよローラー!」に応えて笑顔でランディの腕を叩いたときがあったんです。勇気づけるみたいに、まるで友達にするみたいに。あのシーンの記憶がそれで固定されてしまって、思い返すたびに胸が詰まる。笑顔を見せなくなったランディに笑いかけて励ましてやれるのに、届かないと思いながらも(だから顔を合わせないで言うのだろう、)笑えよって言ってあげるのに、どうしたって何でも話せる関係には戻れないんだよ。
バンクォーについては大きく語らなくてもいいかなーと思ってるのですが(ランディーとローラの関係とよくよく似ているので)、新生メタマクパーティーの亡霊だけは触れておきたい。マクベスは彼が復讐に来たと思ったみたいだけど、ソロライブの言動だけ見るならあのバンクォー、マクベスを怨んでなんかいないんじゃないかなあ、という気がしてならない。バンクォーは最期まで気がつかず、マクベスを疑わないまま殺されたんじゃないだろうか。自分の無念より幼馴染の自分が殺されたマクベスを心配していて、立ち直った彼の晴れ舞台を祝いに来たんじゃないだろうか。
そう思いたいだけだろって言われたら、その通りとしか言えないんだけど。

山口馬木也さんグレコ
1幕のグレコ、真面目で愛らしい忠臣の印象が先に立つ。「他に報告はないか!」の度にヤマハを手で示したり、うっかり寝た王をフォローしたりする面倒見の良さ。ランダムスターのマホガニー領主就任の知らせにぱあっと破顔し、待ちきれないとばかりに全力で駆け出していく姿。「あなたのせいだ、ランダム!」の喜びに溢れた声音。
王の葬列につくとき、嘆くグレコ夫人を列まで支えて、お付きの?女の人に任せてから駆け出していく。王子のことが気になっていただろうに、身重の妻をないがしろにはしないのがグレコらしい。気がする。王子に短剣を渡して笑いかける姿とかもね。好きですね。グレコにとって、夫人もレスポールもJrも等しく家族なんだなあってつくづく思う。自分の「家族」の中で、その時に自分を一番必要としている者の側にいようとするんだよこの人。
だから2幕が哀れでならない。
「家族のいない祖国など!墓場同然じゃないか!」グレコが叫ぶこの「家族」は、ランダムスターが語った、王が遺した「家族」と同じなんだと思う。血の繋がりを越えた、家族のような仲間たち。王が死んでJrが去って、ランダムスターは変わってしまった。エクスプローラーが死んでマーシャルは消えて、最後に妻子も殺されてしまった。
あの国にグレコが大切に思う人は、グレコの家族は誰も残っていない。
どの回だったか忘れましたが(たぶんログには残ってる)、妻子を殺された彼が声にならない慟哭を上げた、あの回が一等好きです。色のない炎が噴き上がるようだった。あの瞬間、彼は復讐のために何もかもを投げ棄ててしまったんだと思う。グレコという愛情深い人間は消えてしまって、ただ一体の夜叉が残った。
あの回のグレコに想いを馳せるたび、人と人との繋がりは命綱、セーフティネットなんだよって話を思い出す。繋がりをすべて失くしたグレコは復讐に魂を焚べるしかなくて、後ろ髪を引かれるような存在も、反対に引き止めてくれる存在もない。破滅じみた復讐に支配されたグレコの背中は押されるばかりだ。
最後、生き残ってしまったグレコは幸せだったのかなあ。って、今もずっと考えている。マーシャルを助けてやり、国が落ち着いたらふっと何処かに消えるんだろうなあ。
シーンごとぽちぽち。
「こんっな惨いこと……!」と言いながら息子と、妻の手をさするところが好きだし痛々しいしで直視できない(するけど)(なおdisc2はしない。)冷たくなった家族に自分の体温を分けようとするみたいな手つきなんです。
「さわるなあ!」のほえ声もね、disc1グレコだけですよね。空気が一気に緊迫したものになる。狼は番いの死骸を触らせないっていう話を思い出します(確かシートン)
エレベーターでの相槌の打ち方がちょっと困りながらなの優しくて好きです。善意を撥ね付けられないんだなって。人柄が良い。
馬木也さん、アフタートークで橋本さんに「一回も間違えない、って言おうと思ってたんだけど今日思いっきり噛んだよね」言われてました。そいえば。

松下優也さんレスポールJr.
愛されて育った、大人慣れしていて丁寧だけどまだまだ頼りないお坊っちゃん皆んなに「坊っちゃま」って呼ばれるのがしっくりくるJrです。初観劇が8月10日なので、IQの下がった(らしい)王子しか見ていないからそう感じるのかもしれません。初めのほうはきりっとしてたらしいですね?
1幕のJrは気遣いに長けた子どもって印象。夫人とのやり取りなんかが特にそうで「もう子どもじゃないんですから(だっけ?」ってかわし方の加減がね、大人慣れしてるなあって思う。異性にその距離でスキンシップ取られるのはもう恥ずかしいし困る年頃なんだっていうのを上手に伝えてる。そんなこと言ってるうちはまだまだ子供だなって周りは微笑ましく見るだろうし、どこにも角が立たないんですよね。そういうのを、でもあんまり計算しないでできるところに育ちの良さが出ていると思うのです。相手を思いやりながら自分の意思を伝えるっていう技術や習慣は、そういう環境にいないと身につかない。愛されて育ったからこその長所なんですよね。
ヤマハの功績を王に伝えるやり方だったり、報告の後に腰を下ろして話しかける気さくさだったりも、愛されていることを疑っていないがゆえの上手な距離感だと思う。向けられた忠義を当たり前に受け止めて、ごく自然に報いる。まだまだ幼く頼りないけれど、王としての資質は持ち合わせていて、やがてはESP国の皆んなに愛される王になるだろうと思わせてくれます。ラスクで噛んだ役者探しであわわわわってなり、察したグレコが手近な役者を次々示す場面は叱られたくない子供と甘い教育係だったけど、ああいう時でも王が本気で怒ってたらちゃんと名乗り出そうじゃないです?お前か!って王が睨め付けたところに割り込んで。たぶんベソかきながら、それでも「彼ではありません!」って言いそう。そういう潔癖さというか、誰もが憎みきれない純粋さというか、そういうものをこのJrは持っている。
1幕の彼は、周りの大人達をごく自然に信頼してるんですよね。愛されることを疑わず、愛する彼らを尊敬していて、ごく自然に助けを求められる。
夫人に尋ねられて「短剣がない」と素直に答えてしまうのも、あの時点ではまだそうだったからなんじゃないかな。回によっては(戯けることもあった)だけど、夫人に頼るようにもしてこの言葉を言うんですよね。短剣が見つからない事実が不利になることは何となく気がついていて、これまでみたいに助けてくれる、自分にかけられそうな嫌疑を晴らして真実を見つけてくれる、そう信じてたんじゃないかな。あの時までは。
王が殺された、凶器は短剣だ、容疑者たちは殺された。腰に帯びたはずの短剣がなく、真実を確かめる術もない。色濃くなる不穏さに混乱した顔で皆んなを見回して、何も把握できていないまま、でも彼は察しがいいから、ここにいてはいけないことだけを理解して逃げ出した。大人のなかで愛されてきたJrだから「誰も彼もが正気を失っている」異様さを感じ取れたんじゃないかな。かわいそうにね、としか思えないけれど。Jrはあの瞬間に、自分が自分であることそのものが命を狙う理由足りえると知ってしまったわけです。家族のように愛している者にさえ裏切られる、王位を継承するというのはそういうことなんだと。

父の形見となった短剣に口付け、グレコだけを信じて旅立った彼は果たして真っ直ぐ進むことができたのかしら。「信じられない」ことを知った彼は、グレコも自分を嵌めようとしてるんじゃないかって疑念に襲われはしなかっただろうか。

そして2幕。
「Death for ランダムスター!」の叫び、短剣を舌でなぞるときの表情。どろどろとした熱量が彼の周りで渦を巻いているような強い意志。あるいは狂気。
彼はレスポールの亡霊に囚われて、復讐に歪んでしまった。あの頼りなくて甘ちゃんでごく自然に人を気遣えるJrが、親の仇とはいえ人を殺すことに1mmも躊躇わないでいられる。それは正気といえるだろうか。
このJrは、あそこでランダムスターと一緒に死んでよかったんだと思う。
だって彼にはもう無理でしょう。血も繋がってない他人から愛されていると信じるなんて。共通の敵もない状況で他人を無防備に信じるなんて。頼る人のいない世界で、誰かのために尽くすなんて。Jrが王位につけばきっと疑念の王になる。ランダムスターと同じように。疑って脅えて、それから排斥をするだろうか。 信じていたものが信じられなくなる不安を一番理解できるのはきっとあのJrだ。皮肉なことにね。
短剣に口付けて配電盤を貫いた彼は、父に誇れる自分のままで死にたかったのかなあ、なんて考えてしまう。


西岡徳馬さんレスポール王。
国を家族のように愛し、民を我が子のように愛した王。血を分けた息子への情を捨てられなかった男。彼は一国の王であるより一人の父親であることを選んだ。
この王様ね、ずるいんですよ本当(讃美です。)満身創痍の部下の報告でうたた寝したり、飲んだくれてシャッターに激突したりはた迷惑なことも多々ある人なんですよね。でも、部下の妹の結婚を自軍の勝利と同じくらい手放しで喜んじゃうような王様だから、憎めないし仕えたくなっちゃう。だって絶対嬉しいじゃん。

西岡さんの演技もそう、ほとばしる人情と胆力がすごくて、拍や歌詞がふわっとしてたりしてても大して気にならないのすごいと思った。あれが役者のパワーなんだと。「ランダム城…マホガニー城は忠臣ランダムスターの領地とする!」とかね、レスポール王自身が嬉しさで逸ってしまったように聞こえたからね

Disc1レスポール王の魅力、間違いなくこの溢れんばかりの人情なんですよ。とにかく人間としての器が大きい。愛せばそれ以上の愛をくれる、そんな人が王だったらついていくよそりゃあ。

与えられた愛には必ず報いるこの王様が唯一自分の欲を見せた場面がJrの王位継承者宣言で。それが破滅の引き金だった。

あのときのJrはまだ未熟で、王に相応しいかを見極めるにはまだ早かったはずなんだよ。あの場面の直前、ランディが「俺の顔はお喋り~」を歌ってるあたりからお城の面々が見え始めるんですが、そこでJrが王から何か手ほどきを受けてるんです。身振りから判断するに恐らく処刑前のやり取りで、このタイミングでこうしなさい、って感じ。他の兵士は誰もそちらを見ていない。Jrの王位継承を周囲に納得させるためには、ゼマティスの処刑で自ら名乗り出る必要があった。だから処刑の前に、王はJrに仕込んだのでしょう。

レスポールはそこまでしてでも、息子を王位につけてやりたかった。血を分けた我が子を。

「我が子のように思っていた」忠臣ランダムスターが、王位を夢見ていることを知っていて。

ずっるいよねぇ。でも、民を家族と愛した王が唯一、父親としてJrにあげられる「特別」があれだったこともわかるから憎みきれない。あの言葉を遺されるランダムスターからすると、たまったものじゃないんだけどさ。

あともう一つ、ずっるいなあと思うところ。

「私のためとは言わんでくれ!せめて、家族のためだと言ってくれ」

この部分、レスポール王視点ではどっちも自分のためだってことは変わらないんですよね。彼はランディを「息子のように思って」いるんだもん。その上でこの王様はさ、他人のために殺すなら王だからじゃなくて家族だからだと言ってくれっていうんだよ……ずるいよね……。

誰かのためじゃなくて殺しが好きなだけだったなら、裏切られても殺されてもしょうがないっていうのもまた大層ずるいと思う。ランディのそんな面を自分が利用してたなら、ランディの欲望のために自分が利用されてもしょうがないって言ってのけちゃうんだよ……。

ランディにしてみれば(おそらく初めて)己自身の欲として自覚したばかりの野望を、本心ならいいよって受け入れられちゃうんだからそりゃ狼狽もするよね。旧マホガニー領主はそれで粛清されたのに、お前が望んでるならしょうがないって言われちゃうんだもんね。ランディは「家族」の中でもそのくらいに特別で、でも一番じゃないから王位はあげられない。そういうところだぞほんとに。

Disc1を見てない方に説明すると、このレスポール王、最後のセリフに変更が入ってるんです。2回。比較的前のほうでの「なぜだ、ランディ……」、そして残すところ数回になったところでの「なぜだ、我が子のように思っていたのに……」

今わの際、ごく親しい者しか使わない渾名で彼を呼ぶんですよ。息子のように思っていたって最後の最後で言い遺すんですよ。ずっるいよねえ。

しかも2回目の変更「我が子のように~」になってから、2幕最後の問答で哀しそうな顔をするようになったんですよ。涙をこらえるような震え声で送り出すんですよ。

ひっどいよねえ。大好きです。

でもあのやり取りがランディの幻覚であることを考えると、ランディが最後に思い出すレスポール王の姿があれだなんてあんまりだよ……!って気持ちになりますね……。勇者を送り出すような変更前のほうが救いはあったよね……。

本筋とは関係ないんですが、2幕ランディに予言を託した後、お風呂に浸かってるみたいな仕草でにっこにこなのが可愛いです。ときどき手も振ってくれる。

村木仁さん門番。門番!!

いい人なんだよ。情に篤くてさあ。レスポール王の死を知ってまず祈ってくれるんだよ。あんなになってしまったランダムスター夫妻をただ案じてくれるんだよ。

立場も名誉も関係なく、ただひとりの人間に対するように憐れんだり見守ったりしてくれる。彼がいることでランダムスター夫妻は守られていて、当人たちだけが最期まで知らずにいくんだよね。

この門番、田舎者で学もなくて、ランディたちとはちょっとずれてるんだけど、とにかく一生懸命で優しい。門だけ守ってればいいのに城中をぴっかぴかにしていて、レスポール王の死を最初に悼んで。「そうですか、死んだんですかァ」で祈ってくれるのが本当に好きです。

そこからの「で?吐いた人だれ?」、笑いどころではあるんだけど、そうだよね、犯人探しよりまず死を悼むのが先だよね……ってはっとした。一国の王が死んだんだ、悲しむだけじゃいられないんだけど、それでも、下手人は誰だ凶器は何だって話してるのは順番がおかしいんだ……

あとね、ツイッターでも話したんだけど、disc1は妻を喪ったランディが叫ぶ「なぜ今なんだ!」に明確な答えが用意されている。それがしんどい。よりにもよってあの夜だったのは、飛び降りようとする夫人を毎晩毎晩引き留めてくれていた門番を城の外に出しちゃったからなんだよね……。ランディが地下室に籠らず夫人と一緒にいれば、それが無理でも、自分たちを心から案じてくれる部下を望むままにしておけば、少なくとも「今」じゃなかったんだよ……。すべてを知っても医者から夫人を庇おうとするのもすごい好き。夫妻が何をしてても夫人がもう報いてくれることはなくても、庇って守ろうとする献身……。

嘆いているランダムスターを見るまいと背を向けて、おっ母の言葉さえ取り乱した主を慮って「空は割れません!」と言い直して。その報告をするより前に口を突いたのは「逃げましょう!」で、まず生きていてほしいと訴える。これは彼の意思ではないかもしれないんだけれど、パール王に致命的な隙を作ったのも門番なんですよね。ランディが死体を盾にしたとは信じたくないので、倒れていた門番が最後の力を振り絞ったんだと信じたい。

医者も見捨てる状態の夫人を死なないように引き留めて、「生きてるだけで大変だ」と言うランダムスターの生を願う。彼の献身は残酷かもしれないけど、ただ純粋にあたたかくて優しい。叱ってくれた妻や友達ではないけれど、失われてしまった彼の存在が、ランダムスター自身も気づかないまま王さまをまた孤独にした……

 

植本純米さん医者および魔女ども。

ウーさん魔女、「林さん!」の語尾がちょっと上がる咎め声がえらい好きです。あと「♪フェンダー国とギブソン国、そして新興国の」の歌声。ままー!ってばたばたするのも。全体的にかわいいですよねウーさん魔女ね。他の魔女にも愛されている。disc2で気が付いたのが濱田さん魔女から戻ったときの振り付け、女形であることでパンモロを恐れないで済むんだな…ってこと。あと2幕のねこ尻尾つきウーサンのにゃーん(手つき)、かわいさインパクトすっごいよね。

さて医者です。なんだあの変更。何故そんなに心を抉りに来るんだ。

ランダムスターと対峙しての台詞。「たった今、お亡くなりになりました」「閣下」の二言しかないんですけどね、20日も過ぎたあたりからがらっと変えてきたんですよ。

それまでは王を気遣うような声で、背中を向けて去る仕草も声が届かない無念がにじんだように見えてたんですね。

それが一転した。なんだあの冷めきった声。冷酷な眼差し!ため息や舌打ちが飛び出しても驚かない荒んだやり取り!去るときもただただ荒々しくてですね、巻き込まれて突き合わされたことへの憤りを前面に出してるの。

えっなんで?悼んでくれてたじゃない!医者の手に余る、愚かで小さな人間を哀れんでくれてたじゃない! 殴られたような衝撃でした。

正直なところ、観劇中で一番泣きそうになったのあの変更でしたね……辛い、夫人を哀れんで閣下を気遣ってくれてたはずの彼が最早哀れな二人に味方をしてくれないのが辛い……。見捨てないでくれよ……。

30日だったかな、夫人に掛ける言葉のアドリブで「手とか洗ってね、あ、もう洗ってるか」っていうのがあってね、あれには本気で憤りましたね……。あの夫人に!それを言うのか!(ありがとうございます抉られましたってやつです(念のため))

お話関係ないところでは、美容師やないかい!って全体重を乗せた突撃が好きです。村木さん門番が受け止めてくれることを信頼しきっている。

魔女たちですが、disc2と比べると煽り色が薄く、振りもそれなりに親身に見える。人生経験も豊富そうな橋本ランディが彼女らに転ぶことに説得力持たせようするとああなるのかもしらん。一番最初のお衣装ではマントにリング?丸い金具で補強された穴がたくさん開いてました。disc2より大人っぽい衣装ですよね。

あと歌が好み。心は壊れた、もう眠れない、の歌のところはがっちりシスターに寄せてきてる衣装。あの歌好きなんだけど声量に負けて片耳押さえることが多くてごめんなさいと思いながら見てた。好きなんですよ、すぱんと声が通って。脳内に刺さるような強く鋭い音です。

「♪王にはならないが王を生み出す男」のところ、灰色のチークをさしこんでるのが細かいなあと思ってみてました。

 

粟根まことさんパール王。

後半、夫人がいない場面ではほぼ定点していた。これは完全に好みの問題なんですが、色んな盤がある内このパール王のビジュアルがダントツ好きです。涼やかな表情とか叡智に満ちた言動とか根回しも苦手じゃなさそうなところとか、いやもう正直に言いましょう、名乗りを上げるときの後ろに下がってく動きが美しすぎる。腰から上がまったくぶれないのめっちゃくちゃ好き。あと殺陣もめっちゃ好き。「名を名乗れ!」で必ず、剣の刃が光を跳ね返して白く光るところもいいですよね。魅せることを隅々まで意識した動き。そういうの大好き。同様の理由で、ランダムスターが歌いながら真っ直ぐ剣を下ろしていくところの絶叫も美しいと思うんですがお分かりになっていただけるでしょうか。パール王のかつての友が最早いないことを、ランディあるいはマクベスが対等に話せる友を喪ったことを、一番強調するのがあの歌であの瞬間の絶叫なんですよ……。

それとね、倒れ方が魂の抜けたようですごいって思った記憶がある。表情も含めて。

パール王こういう人だったと思う、はランディのところでさんざ語ったので割愛するとして、パール王は情もあるけど王として計略を巡らすのも得意そうですよね。本当は関わらないのが得策だとわかってて、でもまあ恩とか情とか計算とか、色んなものが込みこみでグレコたちに直接手を貸してくれてる気がする。

色の薄いブロンドと深い紫のお衣装の色合いも好みドンピシャなんだよなあ……。パンフのお化粧ばっちりの姿より舞台で見た少し淡いお化粧のが好きなので(個人的にあっちのが知略って感じする)、ちょっとかなりライビュ映像の円盤かゲキ×シネを楽しみにしています。お願いします新感線さん。言い値を出すから。

 

濱田めぐみさんランダムスター夫人。

誰よりも強く誰よりも欲深い女、誰よりもひとりでは生きられない人。強く恐ろしく高潔と謳われた男を唯一「優しい」と評した彼女。血を分けた家族への愛情に、血の繋がらない家族への愛情を真っ向からぶつけ打ち勝った。

彼女は徹頭徹尾、夫であるランダムスターのことしか考えていない。大好きな夫に一番いいものをあげたい、一番輝いてる姿を見たい。彼女の行動原理はそれだけなんですよね。「家族は私よ」「与えられるものは王冠よ」って歌う夫人が、じゃあ手にした王冠をまず誰に乗せるかって話ですよ。ランディじゃん。間違いなくランディじゃん。お城の一番日が当たるところできらきら輝く王冠を戴く笑顔の夫を見て嬉しげに誇らしげに笑うじゃん。王妃になりたくなかったといえばそんなことはないんだろうけど、でも濱田夫人はランディが王でない王妃の位に何の価値も見出さなそう。ランディが自分の王冠を外してそっと着けてくれたら軽く目を見開いて、ふふって笑いながらまた彼の頭に戻しそうじゃないですか。優しい手つきで。そのまま受け取ってくれるとしたら、ランディが部下に作らせてたティアラを懐から取り出したときだけでしょ……。

この夫人はランディにいちばん幸せになってほしくて、それを見るためだったら何だってできちゃうんだよ。「すべてうまく行く」にはそれがよく表れていると思う。叱って励まして、躊躇いになりそうなものは全て退けた。彼女は王の言葉すら、人を殺させた責任を家族としてなら背負えるからってレスポールの言葉すら一発で塗り替えた。家族は私よ、私のために人を殺して、私のために輝いてって塗り替えるんだよ。すごくない? 自由にできる地位も王冠もないけど、彼女は自分の魂も存在意義も全部ランディにあげたんだ。彼にいちばんいいものを掴ませるために。これが愛でなければ、欲でなければ何なんだ。

 

「すべてうまく行く」で二人が額を合わせるところが本当に好きなんですよ。幼子を包むような慈愛に満ちた微笑みを、そんなところでするのか!と胸がいっぱいになる。この曲の歌い出し、ランディの手をぎゅっと握ってからするりと抜けていくところも心臓にクリーンヒットします。手を握るんですよ。小さい子を励ますみたいに。ランディの心を守るように。

手を握って額をつけて背中を押して、ランディを勇気づけて導く夫人は母親のようだと思う。ぜんぶ自分でやるんじゃなくて、最後はランディに委ねるのも、血に濡れた手であなたと同じ!って言ってあげるのも。他人の赤い血なんて初めて見ただろうに。橋本ランディにとって夫人は絶対的な、でも地に足が付いた存在なんだよなあ……。一心同体で絶対的な味方で、大切なひとりの人間。(disc2はほら、あの信仰はモロ宗教じゃん…櫻子夫人はランディのかみさま…。)

王を殺した晩、ランディを呼ぶ夫人の声より魔女の歌に耳を傾けてしまったときから、二人は壊れ始めたのかなあ。

夫人はランディに魂をあげてしまったから、ランディが離れてしまったら生きていけない。元々は別の存在でも、ひとつにくっついた後に引きはがしたら血を流して死ぬしかないんですよね。

「夫人のため息」を歌い終えた夫人がランディを呼び、声が届かないことに苛立って「イタズラ」する場面。あそこで毎回、構ってもらえない犬は悪いとわかってて悪戯するっていう話を思い出す。飼い主に叱られるのは嫌だけど、それでも無視されるよりずっといいんだって話。ランディを指さしてあっかんべー!している彼女は弾けるような生気に溢れているんだけど、前ならランディが怖がるようなことは絶対しなかっただろうなって切なくなる。叫ぶような呼びかけにも悪戯にもヘッドホンを外さず、夫人に視線すら向けないランディにじれったさを覚えた。

そうやって少しずつ壊れていった関係の決定打が宴の晩だった。

「たきつけたのは君じゃないか!」に毎度憤っていた。罪を負いきれないからって夫人だけに押し付けようとするのかと。彼女はランディのために、赤い血で手を染めたのに。まあでも、それでも普段の夫人ならいなしたか、そもそもそこまで言わせなかったでしょう。でもランディは地下室に籠ったまま夫人に目を向けず、彼女の声は届かなかった。「ランディのため」に何もできないとき、夫人はあまりに無力で脆い。

あの晩のやり取り、ほんとうに致命的だったのは「言わなかったことにしてくれ」じゃないかなあと思っている。夫人の様子が変わるの、あの言葉を聞いてからなんですよ。どんどん悲痛になっていく表情に、もう取り返しがつかないんだなって思う。ランディに感情をぶつけられることよりそれを「なかったことにされる」ほうが夫人にはつらいんだよ。それは「他人」にすることだから。他人みたいな距離を置かれて感情を制御できないままぶつける「勝手に!」が痛々しい。あんなの、こっちを見てって叫んでるのと変わらないじゃんね……。

その後のキャラメルの歌、茫然自失の態だった夫人が反応するのが「赤い血」なのがしんどい。悪い夢がこわいのはランディで、このときの夫人はまだ悪夢におびえてはいない。そして夫人がおびえる赤い血は、ランディにはこわいものじゃないんですよ。ランディは武人だから、血に染まる手は嫌なものではあっても見慣れている。離れていても通じ合っていた二人がもうバラバラなことも哀しいし、前の二人だったら怖いものから守りあっていたはずなのに、今は寄り添うことしかできないのも哀しい。夫人が褒めて励ましてくれているからランディは悪い夢を見なかったし、ランディは夫人に赤い血を、生々しい死を見せないでいたんだ。

主君を殺して王になる、「悪い夢」さえ見なければ。

夢遊病のシーン、あの、書きたくない……辛い……。何がつらいってさ、彼女にはもうマクベスしかなくて、でもマクベスはもう安堵も幸せもあげられてないんですよ……。彼にできるのはほんのひと時、狂気からごく僅か引き戻すだけ……。夫人を縫い留めてるのは「マクベスの手の温度」なんだと思ってたんだけど、濱田さんが「ランディの声と眼差ししか入ってこなかった」って仰ってるからそうなんだと思う。夫人の視界からランディが外れると途端、彼女の気配は現実から遠くなる。夫人の独白(あるいは狂人の狂言)、「大きい箱にはお化けがいるの!わかってたのに……!」から「大きい箱にはお化けがいたの!」の台詞変更があり(あるいは前者がアレンジなのかもしれない)、そのあたりを境に夫人の狂気のスイッチが明確になったのが最高にキツかったです。ランディの手が離れるたびに心がこぼれおちる……。

1幕ではランディを励まし支えるためだった「手を握る」行為が、2幕では壊れる夫人の心を繋ぎ止めるものになってるんです。この対比が本当えっぐいし本当に美しい。

夫人に敷布をかけて立ち去るランディに夫人が腕だけ出してぱたぱたさせる回が本当に好きだよ…。ランディに手を振ってあげたって感想も見かけたしそうも見えるけど、でも私はあれを手をつないでいてほしかったんだと思っている……。彼女はそれだけでよかったんだよ、ランディが隣で手をつないでくれてるだけで……。

ひとりで「私の殺意」を歌った彼女は何に手を伸ばしていたんだろう、というのが今後の課題。ランディのパートでも飛び降りるときも、何かに手を伸ばしているように見えたんですよね。

ここまでが大体の回で変わらない部分の感想です。

舞台女優濱田めぐみ、演技を毎回変えてくるんですよ……。進行には影響させない、しかし解釈が根底からひっくり返るところを……。そういうことをなさるから同業の方々に「化け物と絶賛」されるんですよ濱田さん…好き……(公式ラジオより)

大きく、全体通して変える雰囲気を無理やり分類すると2つにできると思う。お盆も終わってからしか見てないから円盤で心臓吐き出す覚悟はできてる。

1幕では完全に正気で悲哀の演技も完璧、なんだったら宴の晩まで「顔色が良」さそうなパターン。このパターンのときはキャラメルの歌でランディに身体を預けているときの表情は安堵に近い。ランディに手を引かれて寝室に戻るときの表情も、見ていると正気を取り戻すような瞬間がある。この場合の正気は、恐怖でいっぱいになるということだけれど。ランディが幸せじゃないから、夫人を見ないから彼女の心は壊れてしまったんだな、という感じ。

1幕、王を殺した翌朝の時点で憔悴しているパターン。視線が集まっているときは嘆いたり悲しんだりしてみせるものの、誰も見ていないときはぼうっとしている。こちらだとキャラメルの歌でランディに身を預けていても表情はどこか強張っていて、二人でいても安らぎはないことを思い知らされる。手を引いて寝室に戻るときも、波が穏やかになることはあっても、線を越えて正気に戻ることはないんだよね……。どの言葉も、「正気の表情」と「正気の声」で語られることはない。どちらかが欠けてるんですよ。「もう寝ましょう」と呼びかけるとき以外。この夫人は罪に押し潰されながら、ランディの現実が魔女の歌声に侵食されるのと一緒に壊れていった感じ。

ランディといられれば誰より強いけど「ひとりでは生きられないから」壊れていくのと、ランディと同じように「一人では弱い人だから」罪の重さで壊れていくのと。どっちが好きかってどっちも好きなんだけど可能性に血か肺を吐きそう。

なんかもう各所語りたいが過ぎる。

「すべてうまく行く」、夫人がランディの手をぎゅっと握ってからするりと抜けていくんですが、あそこ別バージョンがありましてですね。腕をたどった先にある手を掬い甲に口づけるの。響くリップ音と大きな手の向こうから覗く笑みに会場が呑まれたよ……。あの画が完全に魅せに来ていてありがとうございます!しか出てこなかった。今も出てこない。1回目に見たときは観客に向けてる感じだったんだけど(前の場面で笑い崩れて完全に台詞が言えてなかったのを気にしてたのかなって)、2回目に見たときはランディの目を覗き込んだまま口づけ、離した唇が綺麗に弧を描いて、ヒュー!最高です!って気持ちでした。真っ向から解釈すると夫人が性的な接触をランディの人参として使ってるか(人を殺すだとか)そういうコトに興奮する質かってなるので観客へのサービスとしてそっと置きしてるんだけど、それをさておいてもすごかった。

「夫人のため息」を歌う夫人がまさに君臨するものでめちゃくちゃに好き。狐面を手で払う仕草が威厳たっぷりで、罪も悪魔も怖れぬ堂々とした姿。会場の空気を掴んで支配するあれを感じ取れるのは、生で見てこその醍醐味だと思う。
キャラメルの歌の「赤い血」、ランディの言葉をぼうっとなぞるだけのときもあれば、はっと顔をあげて呟くときもあって、後者のほうがより痛々しい。この曲で「甘いキャラメル」には反応しても「あたたかいベッド」には反応しないんですよね。ベッドにはランディがいないから。ランディは地下室に籠っている。夫人の姿を見ずに、夫人の声も聞かずに。夫人にとってあたたかいものはランディの声や眼差しや手の温度で、彼のいないベッドやお城なんかに喜びはないんだよなあ。
エレベーターの扉を開けるガチャンって音に肩をびくつかせて、慌ててランディの手に飛びつくところがくっそ辛いです(でも好き。) ランディの代わりに凶器を寝室に置きにいった夫人がですよ……。 
閨での声音や息遣いも毎回違うんですが(なんだあれすごい)、ランディをかき口説いてる声とバルコニーでマーシャルやJrが聞く声が違うんですよね。ベッドシーンで低く抑えたときは最後には高い声で、高く語尾が掠れてたときには最後は低く吐き出すようで。少なくとも、意識して聞くようになってからは全部違ってた。なんかもうそういうところが好きです……。
ここまでローズについて全く触れてないのにどういうことだこの文字数。
ローズについていい?喋ってもいい?

濱田さんのローズ、自分が「どう見られているか」について誰よりも意識している人だと思う。誰よりも意識していて、また誰より正しく理解している。見た目のことだけじゃなくて仕事についてもそうで、腕や目利きに自信があって、自信に相応しい実力がある。マクベスが自分に向ける視線の意味もわかってるし、その上で「マネージャーとして」スカウトする。できる女です。そういう人大好きです。

そんなローズだから、最後の薄汚れたスウェット姿が、デザインも付け方も洗練とは程遠いシュシュが痛々しい。彼女から飛び出すろれつの回っていない西の訛りに我々は、彼女が使いこなしていたあの綺麗な標準語をどれだけ努力して身に着けたか知るんだ……。

そしてあのデュエット。重心も不安定な移動をするのに、センターでマクベスの手を取って踊るときの腰のキレ!鮮やかに高く脚を上げるときの笑み、浴槽に添えた手の艶やかさ!どれもが目を惹き付けて離さなくて、だからこそ胸が痛い。特に「♪女の股から生まれた男などに~」のところ。二人ともぐらぐら身体を揺らしているんだけど、マクベスは完全に目を瞑った酩酊状態でぐらんぐらんしてるのに、ローズは正面向いてるときだけ目に光が戻って表情が凛とするんですよ。バンドマンのマクベスがトんでいるのに、マネージャーのローズは「見られていること」を忘れていない。彼女の奥底にまで染みついた人に見られることへの強烈な意識が、そして意識に心と身体が追い付かない、「魅せる」気力が1曲ぶんも保たないことが本当につらい。

ところで彼女、1幕では登場してからマクベスに話しかけられるまで、ずっと彼を目で追ってるんですよ。可愛いよね。ギターの件といい演奏が始まると本当に楽しそうにしてるところといい、彼女はマクベスの歌に惚れ込んでたんだと思う。(ローズ個人に惚れたのはマクベスが先ですよね。新生メタマクパーティーのときはもう付き合ってたと思う。)

 


disc1は家族と血筋の物語。誰もが家族のように笑い合い、けれど血の繋がった家族のためには全てを投げ打つ。その家族にとって一番大切なのは、あなたの命だっていうのに。

夫人は夫の輝く姿を夢見て王位を狙い、ランダムスターが王位を狙ったのはそんな妻の笑顔が見たかったからなのだろう。愛する人に一番いいものを与えたかった、一番幸せになってほしかった。そう願った結果、誰もが全てを失った。だからラストのシーン、二人が悪の象徴として、でも笑みを浮かべて君臨する立ち姿に救いを見出すのだ。あの二人はあの姿で、満たされた悪王として、後世に語り継がれたんだと信じたい。

そんなdisc1、円盤化待ってます。できたら複数公演収録、あるいはマルチアングル機能付きの超豪華特装版を夢見てます。撮ってるだけ映像をください…お金で解決するならいくらでも払うので……新感線さん……